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平成28年1月15日号から12月15日号

更新日:2016年12月12日

平成28年12月15日号「市報きよせ」掲載

 来年は酉年、ご縁をいただいている「トリ」は白鷺です。今から26年前のことです。幼稚園での子ども達のあるトラブルが、父親同士の大きな対立を生み出してしまい、園長室で父親達との話し合いの場を設けました。
 午後6時でしたが「どうしたらいいのか」と異常な緊張状態のなか、私は当時大好きだった池上本門寺のお坊さん、中島教之さんの墨詩集の「前向きに生きる人には天と大地が味方する」を見つめて心を落ち着かせていました。
 そこに午後4時ごろ突然、親友の蕎麦屋甚五郎の喜久さんから電話が入りました。「渋谷さん、今時間取れるかな?」「ええ、30分くらいなら」。そして、喜久さんが大きな風呂敷包みを下げて幼稚園に来ました。
 「渋谷さんに前々から陶芸家の飯能焼きをプレゼントしたいと思っていて、1か月くらい前に届いていたけど、今持っていこうと思って持ってきたよ。渋谷さんは子ども達の夢や希望を育てる仕事をしている。だから、心にしみこむ夢を訴えていってほしいし、渋谷さん自身にも人の心にしみこむ成長、飛躍をしていってもらいたい。だから、鷹や鷲の飛び方ではなく、白鷺が舞うが如く飛躍をしてもらいたいと思い、焼いてもらった」と、白鷺を描いた大きな壷を取り出しました。
 天と大地が味方してくれ、対立は回避できました。以来、白鷺の壷は卒園式の壇上から子ども達を見守っています。
 もうひとつのご縁は、極めて畏れ多いことですが、「後鳥羽上皇」です。実は7年前にある人に頼まれて、後鳥羽上皇の扇をご神体とする島根県吉田町の吉田八幡宮の神主一族が創立した板橋にある「稚竹幼稚園」を後継者がいないため引き継いだのです。以来毎年、吉田八幡宮に参拝しています。
 そして上皇の御霊は大阪の「水無瀬神宮」に祭られていますので、お参りしてきます。今年、柳瀬川氾濫が迫り、初めて避難勧告を発令しました。水無瀬ですから柳瀬川が氾濫しないよう畏れ多いですが後鳥羽上皇にお願いしてきます。
 さて、渡り鳥はV字飛行によって単独よりも長距離を飛べます。まさに「手をつなぎ 心をつむぐ みどりの清瀬」です。酉年、皆で飛躍を目指しましょう。

平成28年11月15日号「市報きよせ」掲載

  高校時代、私の夢は物理学者でした。だから、市長室に贈られてきた科学雑誌『ニュートン』11月号・12月号にワクワクしてしまいました。
 【真空は空っぽではない! 現代物理学、驚愕の真空像 真空には何かが満ちている/11月号より】【重力波天文革命 光(電磁波)を用いた天体観測によって、天動説(※1)から地動説(※2)への宇宙観の大転換が起きたように、重力波という新たな道具によって、今後、私たちの宇宙観は大きく塗り替えられることになるでしょう/12月号より】。
 観測する力、受け止める力量、感じる力によって事態は大きく変わっていくことを、現代物理学が示唆しました。人生観も宇宙観と同じく塗り替えられるでしょう。
 たとえば、市民まつりにお披露目した2020東京オリンピック・パラリンピックの旗、私がもっと市民の皆様に感じてもらおうと思わなかったら、担当職員から自分たちの手柄話の報告はなかったでしょう。
 実は、多摩26市での最初のお披露目が清瀬だったのです。市担当課が都庁、日の出町、檜原村にお願いして、きよせ市民まつりと、10月22日~28日に市庁舎でのお披露目に至ったのです。そこに「とても大事な旗だ。もっと目立たせよう」と指示したら、詳しい報告があったのです。私が感じなかったら自慢話になってしまうので報告はなかったでしょう。
 感じるといろいろなことが見えてきます。たとえば第8回石田波郷俳句大会の読売新聞の記事【石田波郷は清瀬市の療養所で結核と闘いながら詠んだ療養俳句や、戦争で焼け野原となった下町を詠んだ焦土俳句で知られ、「昭和の俳聖」と呼ばれる】とあり、先日創立70周年記念式典を開催した日本社会事業大学の校歌4番には【焦土の果に誓えれば、再び見まじ苦艱の日】と、やはり焦土があります。そして、ベトレヘム病院で天に旅立ったゼノ修道士はかつて「アリの町の神父」と呼ばれ、焦土と化した日本各地で社会福祉活動に取り組み、ローマ法王から称賛された聖人です。
 加えて、東日本大震災の後、希望の灯となったのは東京スカイツリー。名誉市民の澄川先生がデザイン監修し、市内に技術研究所がある大林組が建設しました。
 清瀬はちっぽけではない。清瀬には何かが満ちている!

注1……地球は宇宙の中心にあって、その周りを天体が動いているとする説。
注2……宇宙の中心は太陽であり、地球や他の惑星はその周りを自転しながら公転しているとする説。

平成28年10月15日号「市報きよせ」掲載

 大林組技術研究所が清瀬の小学生たちの想像力・創造力をとんでもなく引っ張り出してくれて、感謝このうえありません。子どもたちが描いた数々の絵が輝いています。この夏に、市内小学生を対象に募集された「大林組テクノフェア2016絵画コンクール~技術研究所開所50周年記念行事~」の作品です。テーマは『私たちが住みたい未来のまち』。「こんなまちがあったらいいな」という、【未来のまちに関するアイディアを絵で表現してください】というものでした。
 「災害のないプロペラ空中都市」「みんなでくらそう! アニマルワールド」「うちゅうまでつながるとうめいトンネル」「ゆれない町」などなど、約700点が研究所に飾られ、子どもたちの夢、パワーが迫り来てとても気持ちよく、圧巻でした。
 これは東京スカイツリーはもちろん、夢のまた夢、宇宙エレベーターを大構想する大林組の技術進化追求魂が子どもたちの心を揺さぶり、本気にさせたに違いありません。やっぱり本物は本物、以心伝心です。改めて技術研究所に感謝です。
 さて、子どもたちの本気を引っ張り出している石田波郷俳句大会も今年で8回目を迎えます。応募句数が子どもたちだけで何と8千句を超えたそうです。市外からの句数も約35%となり、俳句人気が市内外に広がっています。第8回ですから、私も今年は気合いを入れて20句を投句しました。
 こんな私に呼応してくれたKSさんが、先週中里の敬老大会で詩をよせてくれました。【秋風に まだまだ咲いている 猿すべりの花 私も負けずに咲かそう もうすぐ喜寿の老花を】。片隅に「四つ葉のクローバー」が飾られています。ノーベル賞を受賞された大隅教授も、四つ葉のクローバーを見つけるのが得意とのこと。前向き精神の以心伝心です。
 そして10月3日、国際結核研修の秋の開校式に出席しました。アフガニスタン、ケニア、リベリア、フィリピン、4か国8人の先生方です。私は今年6月にいただいたザンビアの布で作った半纏とズボンをはいていきました。式終了後早速、ケニアの先生から一緒に写真を撮らせてくださいと頼まれたのがこの写真。そして、順番に全員と撮りました。
 まさに以心伝心、感じて応じて道交じり合い、「手をつなぎ 心をつむぐ みどりの清瀬」です。

平成28年9月15日号「市報きよせ」掲載

 とてもありがたい、嬉しいお手紙です。『(一部抜粋)ひまわりフェスティバル開催中のことですが、ひまわり通りから志木街道へ行く道に「ハチの巣があります」と張り紙があり、その周りにはスズメバチが飛んでいました。
 それを見た人が市役所に電話をしたところ、すぐに職員が現地を見てくださり、私有地の方にご連絡され、無事に蜂の巣は撤去されました。どなたが注意の紙を張ってくださったのか、電話を役所に掛けてくれたのか分かりませんが、市民と行政が一体となって住みよいまちづくりをしていると言えます』。
 まさに【手をつなぎ、心をつむぐ】姿です。この姿を、あのロッキード事件の主席検事で、今はさわやか福祉財団の会長である堀田先生が、8月28日、アミューでの『フォーラム みんなで創ろう ささえあえる街 きよせ』の参加者150人の前で講評していただきました。
 『全国のいろんな姿と比べて、清瀬市が素晴らしいのは「さまざまなボランティア活動に参加したい」方が断然多くて、「手助けがほしい」よりも「ボランティア活動に参加する」人の方が多いわけですから、これはすごい特徴なんです。「ほしいよ」という人はけっこういて、「自分がやるのはどうかな」というのが普通なんですよね。ところが清瀬市は、「ほしいよ」という人より「やる人」が多いわけだから、今日はすばらしい方がお出でくださっていて、これが全体とは言えませんが、それにしても大変な特徴です。めったにない。』などなどとご指導いただきました。
 と、ここまでコラムを考えていたら、以下の案内チラシが来ました。『「こんな場所があったらいいな」そんな思いを形にしました。じっとしていられない、大きな声を出してしまう、周りの目が気になる・・・気兼ねなく子どもと外食ができる場所があったらいいのにな~といつも思っていました。私達も障がいのある子どもの母親です。だから・・・そういう場所「AAO!食堂」を作ってみました』。
  《天地を貫くのはま心・・・ 心はころころするが まがつくと もう万里一条鉄 びくともしない どんなことでも ふしぎによくなる(坂村真民さんの詩)》。清瀬、ま心が動いていて、嬉しいですね。

平成28年8月15日号「市報きよせ」掲載

 清瀬には「見えない愛の力」が動いていると信じています。かつて、東洋一のサナトリウムのまちと言われ、約15の病院、5千を超える病床がありました。結核は国がなくなる病気と言われ、20世紀の100年間で日本だけでも約665万人の命が奪われました。
 「溺れる者藁をもつかむ」どころか、「首吊りした人の首吊りの藁を食べれば結核が治る」(昭和6年梶井基次郎の小説『のんきな患者』より)とまで盲信されるほど恐れられました。その結核と無数と言ってよいくらいの人々が清瀬で向かい合ってきたのです。
 だから、石田波郷さんが「七夕竹 惜命の文字 隠れなし」(中央公園句碑)と詠んだのです。今はありませんが、清瀬小児病院も昭和23年に日本で初めての小児を対象とする結核専門療養施設として開設されました。親元を離れ入院し、結核と闘いながら、「お父さん、お母さん」と呼び続け、多くの子ども達が切ない人生を送ったでしょう。
 「遠く病めば 銀河は永し 清瀬村」─波郷句。清瀬の大自然に溶け込んで「命」と向かい合い、切実な人生を送った無数の魂が今でも清瀬を見つめていることでしょう。
 だから、「むすばれている 同じいのちの痛みの根元で 陽が昇るまた 陽が沈む理由もなく共にいる 理由もなく手をのべる人愛として」の校歌の看護研修学校があり、「孤独、敗残、途に吠き 我が世 餓?の野となれば 社会の福祉誰が任ぞ 忘我の愛と智の灯 捧げん世紀来たりけり 社大 社大 おおわれら」の日本社会事業大学が清瀬に移ってきたのでしょう。
 また、都内の区では住民の反対運動が起きた障害者施設が今、清瀬で建設が進んでいます。私は反対の声を耳にしませんでした。清瀬にはきっと、「すべてを包み込む、見えない愛の力」が動いているのでしょう。
 だからその力と一緒に、「津久井やまゆり園」に先日、御慰霊に行ってきました。報道陣などが多かったため、相模川をはさんで施設が見える山道で「大変な目にあわされましたね」と、ご冥福を祈りました。不思議なことに、帰りの車に乗る時に6688のナンバーの軽自動車が通り過ぎて行きました。私の誕生日の6月8日です。
 愛の力が動いたのかな?

平成28年7月15日号「市報きよせ」掲載

 「もう一度食べられる、飲み込める喜び」を目指して、歯医者さん、ヘルパーさん、栄養士さんなど関係者の皆さん60人ぐらいでの勉強会がありました。私も参加したのですが「ここまで一生懸命になってくれているのか」と、とても嬉しくなりました。
 摂食・嚥下障害のリハビリについて、野本日本大学教授をお招きしての清瀬市歯科医療連携推進事業の6月25日の研修会でした。「姿勢を調整しただけで誤嚥や窒息が減少した」などの話では、やはり、きめ細やかな対応が大事だと共感し、口腔ケア、義歯の大切さなど、素人ながらとても勉強になりました。
 研修後、居酒屋「hirо」での懇親会に呼ばれ、午後9時ごろだというのにお客さんがいっぱいでびっくりしました。「清瀬の野菜はおいしいと評判ですよ」と店主から伺い、これまた嬉しくなりました。仕入先を聞いたら、市内農家さんからの直接と、農協経由の市内野菜の併用でした。気分がさらに良くなって、歯科医の先生達と大宴会となりました。
 翌26日、ひまわり市でも驚きの農家の話を聞きました。「市長知ってる? Kさんは未明の午前3時ごろから頭にライトを付けて野菜を収穫しているよ。Kさんの直売所、朝から行列ができているよ」「えーっ! そんなの初耳だよ」。
 「丹精込めて育てた野菜を食べて喜んでもらえる」お客との出会い、人とのつながりが農家を本気にさせ、「熱い農家が育ってきている」と思いました。
 そしたら、次には花の野菜です。ブロッコリーではありません。30日、若手の別な熱き農家が持ってきてくれました。「食べられる綺麗なお花。食卓を華やかにします。お花野菜─東京野菜エディブルフラワー」。赤・黄色・ピンクなど花束にしてあり、最初は文字通り綺麗を楽しみ、口に入れてからは2~3回噛むと突然味が出てきました。花それぞれに味が違い、美味でした。
 8月6日、東京スカイツリーのJ:COMスタジオで、全国放送番組の「週刊シティプロモーション ご当地サタデー」に出演を依頼されました。午後2時から約1時間で、司会進行は八木亜希子さんです。尊い素敵なことがいっぱいの清瀬、1時間では足りません。

 

平成28年6月15日号「市報きよせ」掲載

 笑う門には福来たる、改めて笑顔とユーモアの「力」を感じました。5月30日、54年目の国際結核研修開講式があり、8か国16人の医師などの方々が清瀬においでになりました。全くの初対面です。私は英語をほとんど話せません。JICA国際協力機構の研修監理員が通訳してくれます。言葉が直接には通じないものですから、いつも以上に身振り手振り笑顔満面、体全体で語りかけました。すると緊張されている研修生の方々も笑顔になってくれ、目と目の語り合いもお互いの喜びを感じました。ザンビアのお医者さんには「3年前に研修に来られた女医さんにまた会いたいですと伝えてください」とお願いしてしまいました。以下、私のあいさつです。
 ピュアーでプティだけどプリティーなまち、清瀬にようこそおいでいただきました。7万5千人の市民を代表して心から歓迎します。
 先々週、清瀬では最高に素晴らしいことがあったのです。カンヌ国際映画祭で清瀬が主な舞台になっている是枝監督の映画「海よりもまだ深く」が上映されました。終了後、約7分間のスタンディングオベーションを受けたそうです。人々の優しさが伝わってくる映画です。だから、清瀬に住んでいると100歳でも元気なのです。この人です。輪投げをしている大槻たけさんです。優しさと愛は人を元気にします。清瀬は85年前に、当時、国がなくなるとまで恐れられた結核の病院の建設を受け入れました。それ以来、多い時は5千人以上の患者が清瀬にいました。苦しみながら必死になって生きていた沢山の人達の思いが、見えないですけど、きっと清瀬のまちを包んでいるでしょう。だから、清瀬は優しさと愛のまちです。
 もう一つ、南アフリカ原産のダイヤモンドリリーという花があります。その花の栽培に成功した農家が清瀬にいます。その農家が南アフリカにもう一度ダイヤモンドリリーを増やすためアフリカを訪問しています。夢のある男が清瀬にいます。お時間があったらご案内します。結核研究所での皆さまの研修がそれぞれのお国の人々の幸せに繋がる事を心から祈念して歓迎のあいさつといたします。

 


平成28年5月15日号「市報きよせ」掲載

 「喜べば 喜び事が 喜んで 喜び連れて 喜びに来る」。小さなささやかな喜びを本当に心から喜び、とにかく「喜び癖」を付けて、清瀬を明るくしていこうと市民の皆さんと一緒に努力してきましたが、ついに超でかい喜びが清瀬にやってきました。
 5月21日から全国公開される清瀬が主な舞台の映画、是枝監督の作品「海よりもまだ深く」が今月11日~22日のカンヌ映画祭に出品されています。旭が丘団地、けやき通り、清瀬駅北口などをカンヌで世界中の人が観ています。
 「天上天下唯我独尊」、この釈尊の教えは、いただいた己の命のそのままで十分に尊い、その尊さに気付けば人生は道が開くという意味だと思います。まちも同じです。清瀬もかつて病院のまちだ、お金のないまちだと自虐的でしたが、平成の時代に入ってから日本社会事業大学、明治薬科大学が移転してきて、看護大学校も設立されるなど、明らかに変わってきました。まず、原点である833年の「悲田処」創設、続く江戸時代の「ふせぎ」、そして昭和の東洋一のサナトリウム、その後の結核研究所・BCG研究所などの世界健康平和への貢献、そうした清瀬の尊さが発露される流れの勢いが更に増して、ついに「海よりもまだ深く」の映画が生み出されたとも言えるのではと思います。
 監督のコメントです。「昨年に続いてまた、カンヌで自作のワールドプレミアを行えるというのは本当に嬉しい限りです。今回は、「ある視点」部門ということですが、この作品にとって最もふさわしい場所を与えていただいたと思っています。『海よりもまだ深く』というローカル色豊かな、小さな小さな元家族の物語がカンヌの観客の皆さんにどんなふうに受け止めてもらえるのか? 僕自身、今から楽しみにしています」。阿部寛さんのコメントの一部です。「いつかはカンヌ国際映画祭で上映される映画に出演できたら、と願っていた僕自身の夢は、…このように叶い…」。真木よう子さんのコメントの一部。「団地を舞台に家族の日常を描いたこの物語は私がとても大好きな作品です。世界の方々に観ていただけるのを今から楽しみにしています」。是枝監督、関係者の皆様に心から感謝申し上げます。


熊本地震でお亡くなりになられた方のご冥福をお祈りするとともに、被害に遭われた方々にお見舞い申し上げます。一日も早い復興を心よリお祈り申し上げます。



平成28年4月15日号「市報きよせ」掲載

 今年1月に発行されたヘンリー・スコット・ストークスさんの「英国人記者が見た 世界に比類なき日本文化」という本を読んで驚きました。
 ストークスさんは1964年に来日し、「フィナンシャル・タイムズ」、「ザ・タイムズ」、「ニューヨーク・タイムズ」の各東京支局長を歴任された方で50年間日本に住んでいます。その人が執筆した本でこんな事が書かれています。
 「ヨーロッパ、中東、インド、中国、朝鮮半島などの神話の主神は全て男である。ところが日本は全く違う。太古の昔から日本の最高神は女性の天照大御神だった。…私は女性達がヨーロッパにおいても、中東でも、アジアでも、男性にひたすら隷属していた時代に、日本では女性達が自立した精神を持って、いきいきと生きていた事を知って驚かされた。…「源氏物語」は女性が人類で初めて書いた小説だ。…日本では女性が千年以上前の時点ですでに自由にはつらつと生きてきた。それは当時の日本以外の世界では見られない事だった。清少納言は紫式部と同じ時代に生きたが、「枕草子」を読むと、男性をやりこめる場面がしばしば出てくる。日本は女性が強い国なのだ。」などと書かれています。
 4月1日、名実ともに強い女性の代表が清瀬に来てくれました。清瀬消防署設立以来、初めての女性警防課長の畠山眞由美さんです。火災現場、災害現場を指揮する署長、副署長に次ぐ責任者です。
 また、消防団との連携担当責任者でもあり、正にサルメの君です。天照大御神から地上を治めるよう指示されたニニギノミコトが、猿田彦大神に出会い高千穂へと案内してもらう時、猿田彦のあまりの形相に周りの神々が寄り付かなかった場面で仲を取り持ったのがアメノウズメという女神であり、その功績によりニニギノからサルメの君と呼ばれたと古事記にあります。サル年にサルメの君のような警防課長が来てくれて縁起がいいですね。
 他にも、国立看護大学校に東京医科歯科大学から井上智子新大学校長が就任されました。ちなみに、日本社会事業大学理事長は前熊本県知事の潮谷義子さんです。清瀬市議会も20人中9人が女性で、市(区)議会における女性議員比率日本一です。
 女性活躍の清瀬です。

平成28年3月15日号「市報きよせ」掲載

 何事のおわしますかは知らねども、ありがたきかな不思議の連鎖。前号では「成人式で奇跡の話をした事」から書き始め、成人式の感動を表現した中村清治議員の詩で結びましたが、私の身近な人がまた「奇跡」に出会いました。
 先月11日、その人は幼稚園の庭の樹木せん定をしていた時、地上4メートル位から、頭から落下し武蔵野赤十字病院に搬送され、超激痛のなか、手術は17日に行われ、頸椎4か所をボルトでつないだ。(以下、その人の言葉)、『この間、麻酔薬と睡眠薬を時間をおいて打つが、激痛と幻覚は続く。すべて恐ろしい。痛みと苦しみは続き、その苦しみに耐えられず叫んだのは、「じいちゃん、ばあちゃん、とうちゃん、かあちゃん、俺の母ちゃん、子どもたち、ごめんね。俺も若いうち、良いことも悪いこともやってきたけど、神様、天国でも地獄でもいいからお導き下さい。」とお願いする。「みんなごめんね。もう我慢できないよ。」と何度も叫んだ。幾夜過ごしたのだろうか。17日に手術が終わった。今でもはっきり覚えています。それは、まぶたがパッチンと音がして、目が覚めたのです。その瞬間、「あっ。生きている。生かされた。もう小さなことに惑わされず、もっと大きな目標に向かって歩みなさいと言われたように感じた。身体は五体満足で動きます。本当に幸せである。先生をはじめ、多くの看護師さん、スタッフの皆さん、わがまま・お手数をかけました」』と思ったそうです。
 そういえば、5月21日から全国公開される、清瀬旭が丘団地が主たるロケ地の映画「海よりもまだ深く」の是枝裕和監督(カンヌ国際映画祭受賞)も次なるコメントを寄せています。『自分が死んだ後に、神さまか閻魔さまの前に連れて行かれて、お前は下界で何をしたんだ、と問われたら、真っ先にこの「海よりもまだ深く」を見せると思う』。
 さて、もう一つ、不思議の連鎖です。先月24日に世界医療文化遺産に向けて、北里研究所総務部次長を結核研究所、東京病院外気舎、フロジャク神父の東星学園にご案内して、あらためて北里さんとご縁があると感じました。
 まずは、私が園長をしていた幼稚園の卒園児が看護師となり、2年位前に北里大学病院長のご子息の医師と結婚し、披露宴に招かれ、お祝いのあいさつをしました。二つ目は、結核予防会工藤翔二理事長、複十字後藤元院長は、ノーベル賞を受賞された北里大大村智教授と長年研
究を通して親しくされてきたそうです。三つ目は、次長を東星学園にご案内した時、大矢正則校長から、お嬢さんが北里大学院生だということを知らされました。四つ目は、先月28日、法事の席で、本家から聞いた話で、群馬に嫁いだ娘の子どもが北里大薬学部に通っているとのことです。
 ありがたい! 感謝感謝です。


 

平成28年2月15日号「市報きよせ」掲載

 成人式で、昨年身近な所で起きた、三つの奇跡的な出来事の話をしました。一番の奇跡は、心肺停止状態から生き返ったことです。私が31年前に創業し、今千800人の会員の皆さまにご利用いただいているスポーツクラブで、休日にコーチたちが川遊びに出掛けたのです。その中の学生コーチが飛び込みの岩場で足を滑らせ川に落ち、行方が分からなくなりました。約10分後に20~30メートル下流で血だらけで浮かび上がり心肺が止まっていました。仲間たちがすぐさま心臓マッサージ、人工呼吸に取りかかり息は吹き返したものの、意識は戻りませんでした。
 しかし、ありがたいかな、2週間後に意識は回復し、今では大学に通えています。見えない力に助けていただいたと私は思っています。だから、成人式で、「見える所はもちろんのこと、見えない所にもしっかりと感謝して生きていくことが大事だ、そうしたら人生の道が開いていく」と助言しました。
 その5日後、立川駅の本屋で「ありがとうの神様(小林正観著)」という本に出会いました。具体的な事例がたくさん載っていて、末期がんの人が「ありがとう」を約3か月で10万回唱えたらがんが消えていたなどなど、不思議な事例が満載です。いずれにしろ「感謝」を大事にして生きていこうと助言したのは時宜を得ていたと確信しました。成人たちは静かにしっかりと話を聞いてくれ、二部の城野謙一さんグループのフォークソングでは会場がとても和やかになり、私は涙が出てしまいました。
 中村清治議員も涙ぐみ、その心情を詩に書きました。「『涙ぐむ成人式』 人生の中で一回の出会い 永い永い時の流れの中で 一瞬まばたきをした様な驚きと感動に 心が癒された 未来ある20歳の青春 着飾ったその姿に 父母の微笑みが目に浮かぶ フォークシンガーとコラボした若者の姿に 感激の涙が頬をつたわる さあ 心も美しく素直な幼子のように人生に向かおう きっと誰もが持っていた心の鏡に 自分の姿を映そう 今日ながした涙を ずっとずっと忘れない そんな青春の一コマが成人式にあった ありがとう 二十歳のみんなに伝えたい ほんとうに ありがとう」。
 本当に最高の成人式でした。未来は明るいです。

平成28年1月15日号「市報きよせ」掲載

51分間、行列に並び参拝しました。1月3日、日枝神社です。実にたくさんの人々が訪れ、車列もけやき通りにあふれて、渋滞解消策が今後の課題となるほど3日間がにぎわいました。太古の昔、東征の折に日本武尊が境内の柊の根元に休み、「なんとすがすがしい場所だろう」とのたまった場所にできた神社ですから、「パワースポット」です。
特に申(猿)年は、日枝神社にとってご縁があります。それは千200年の歴史を持つ府中、大國魂神社宮司猿渡(サワタリ)家との関係です。故星野前市長のお父上、前々星野宮司がかつて10年ほど猿渡家の代わりに、大國魂神社の宮司を務められたのです。もちろん、大先達である当時の猿渡宮司から信頼されていたからこそです。
だから、申年の勢いは日枝神社から始まり、5月21日に更に開闢します。それは、清瀬が主な舞台となった映画「海よりもまだ深く」の全国公開開始です。阿部寛さん、真木ようこさん、樹木希林さんらが出演しています。そして監督は、旭が丘団地で9歳から28歳まで暮らした、是枝裕和さんです。当然、カンヌ映画祭にも出品されるでしょう。ありがたいかな、是枝の漢字に「日」「枝」が入っています。きっとご縁が深いのでしょう。
さて、翌4日にも感動した報告がありました。昨年9月、「中学生の主張東京都大会」(東京都・こころの東京革命協会・独立行政法人国立青少年教育振興機構主催)で、応募者6千843人のなか、清中3年の女子生徒が中1の時に参加した「ピースエンジェルズ」の体験をまとめ、2番の賞を受けたのです。抜粋して一部紹介します。
「…私は広島へ行きさまざまな事を学びました。…今、私が生きているという事がとても幸せだという事。そして家族と一緒に暮らせるということ。他にもたくさんあります。温かいご飯をお腹なか一いっぱい杯食べられる事。制服を着て、学校で友達と一緒に笑いあえるという事。私が当たり前のようにしている事がとても幸せな事なのです。これから私は自分の命、人の命を大切にし、今を精一杯生きようと思います。」
彼女は、小2の時、大きな悲しみを経験しているのです。それを乗り越え、すがすがしい心になったのです。「手をつなぎ心をつむぐみどりの清瀬」の誇りです。
年明け良いスタートです。

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秘書広報課広報広聴係
郵便番号:204-8511
住所:東京都清瀬市中里5-842 清瀬市役所2階
電話番号(直通):042-497-1808
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