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平成23年6月15日号から平成24年12月15日号

更新日:2014年07月25日

平成24年12月15日号「市報きよせ」掲載

うれしいですね。いろいろな方が市長室を訪ねてくれますが11月22日新記録が出ました。何と生後8日目の赤ちゃんが来てくれました。名前もいいですよ、豊之介君です。前職幼稚園長時代の卒園児がママになって、赤ちゃんを見せに来てくれたのです。清瀬市に豊かな未来、夢、希望を運んでくれたようでとても元気が出ました。
豊かといえば、豊年満作。11月17日の農業まつりの品評審査会でこれまたうれしい驚きがありました。中央農業改良普及センターの先生から「清瀬の出品農作物は明治神宮での品評会に集まるものと、勝るとも劣りません」と大変なお褒めの言葉を頂いたのです。清瀬には農業の匠たくみがたくさん居てくれる、こんなに心強いことはないと改めて実感させられました。
本気本物な物づくりは子どもたちにも良い影響を与えてくれます。中学生の農業体験で初対面の時は「?」と思われた子も作業に入ると汗をかきながら熱心に打ち込んでくれる姿を見たそうです。清瀬農業の現場力のすごさです。
そして僕はこの「現場力」を市職員に訴えています。仏教に「随所に主となれば、立所皆真なり」という言葉がありますが、「自分が生きている現場にしっかりと腰を据えて取り組んでいけば、その場所は幸せを築く真実の場所である」と僕は解釈しています。
現場を大切にするから心して取り組んでほしいと言い続けているのですが、大変にうれしい市長へのメールを頂きました。
「スズメバチを散歩の途中でたびたび発見し、一匹だけれど巣でもあったら大変と市議会議員に相談し、市役所に連絡した。2日後、調査している担当者と会い、昨日今日と広範囲に調べたが、巣はないとの報告を受けた。後日そのスズメバチ一匹も捕まえたと聞き、大変有り難く感動すら覚えました」という内容でした。
市民の皆さんのご要望にすべて応えることは難しいことですが、出来ることはしっかりと現場力を発揮して市職員一丸となって「手をつなぎ 心をつむぐ みどりの清瀬」を実現してまいります。どうぞ良い年をお迎えください。

平成24年11月15日号「市報きよせ」掲載

「結果生き上手」。歌手のペギー葉山さんがデビュー60周年記念、78歳で出した歌の題名です。この「生き上手」な女性がたくさんいらっしゃると思ったのが清瀬市民文化祭でした。華道、茶道、絵てがみ、ちぎり絵、刺繍しゅう、編み物、木彫り、川柳、五行詩、かな書道などなど素敵な作品がいっぱい展示されていました。そして、ステージでは踊り、ダンス、歌など、緊張されながらも充実感いっぱいの姿が印象的でした。
「一日やっても飽きません。退屈しません。毎日がとっても楽しいです」と、ある高齢の女性からお聞きしました。本当に「好きこそものの上手なれ」です。好きなことがあるというのは人生の幸せそのものではないかと思わされました。願わくば、もっと多くの男性にも、こうした活動に参加してほしいものです。
特養ホーム作品展での90歳を超えた女性の編み物などからも、女性の多くは生き上手、好き上手だなと感じます。また、子どもたちもすぐ遊びに夢中になれます。天性です。だから、「好」という漢字が「女」と「子」で作られているのではと思います。「好」という字からはつながり、物づくり、積極的活動、エネルギーなどを連想させます。従って女性や子どもを大切にする地域社会、組織はとても活発で明るく豊かになるでしょう。
さて、「子ども」についても身近な例でとってもうれしいことが先日2つありました。前職幼稚園長の時の十数年前の卒園児が、「医学部に合格しました。小児科医を目指します」、「子ども学部に合格しました。先生を目指します」と親と一緒に報告に来てくれました。
女性ばかりではなく「生き上手」な男性も増え、男女共同参画と子どもたちがしっかりと愛されて育つ地域社会を作り上げていくことは、「手をつなぎ 心をつむぐ みどりの清瀬」そのものであり、ありがたいことにだいぶ市民の皆さんにこのスローガンが根付いてきたように感じます。スローガンの結果、「市民生き上手」を皆で目指しましょう。

平成24年10月15日号「市報きよせ」掲載

先日の敬老大会で、約900人の大先輩の皆さんに、清瀬を盛り上げるために力を貸してほしいとお願いしました。それは、「清瀬の土はスーパーパワースポットと思っていただきたい!」。そしてその根拠を説明しました。(それを一部加筆修正して記します)

  1. 清瀬の字には、すべてことほぎ(寿)の言葉が含まれており、清戸の由来は大昔、ヤマトタケルノミコトが訪れて、「清き土ちなり」と発せられたことだとされている。唯一「中里」だけがことほぎが入っていないが、中里には東京都無形文化財の無病息災を祈る富士講の「火の花祭り」がある。
  2. 複十字病院の隣にある結核研究所は、50年間にわたって世界の結核関係者が研修に訪れる場所であり、まさに清瀬の土が世界を結核の蔓延から護っている。
  3. 中清戸にある気象衛星センターでは、世界で3番目の性能を誇るスーパーコンピューターで天気予報の基となる情報の作成・発信をしている。従って清瀬の地は日本のみならず、東アジアを台風などの自然災害から護っている。
  4. 日本の元気を作り出している東京スカイツリーの誕生には、清瀬の土地が関与している。デザインを監修された澄川喜一元東京芸術大学学長は50年以上清瀬にお住まいであり、建設工事をした大林組の技術研究所が下清戸にある。
  5. 9市約70万人の下水を処理する水再生センターが下宿にある。昭和50年代にこれを受け入れるにあたって、約40軒の農家の皆さんがご先祖様から代々受け継いできた家屋敷・田畑・墓地などを譲って大移動している。まさに清瀬の先人の心が水を再生させ、北多摩地域の環境を守っている。
  6. 万葉の時代から親しまれていたカタクリの花が清瀬の雑木林にはたくさん群生しており、太平洋側の里山では清瀬ほどの群生地は数少ないと言ってもいいのではないでしょうか。
    以上等がわずか10キロ平米の場所に集中しており、間違いなく清瀬の土はスーパーパワースポットだろう。ちなみに清瀬の土地の形も親指を突き出したOKサインに似ていると思われませんか?

平成24年9月15日号「市報きよせ」掲載

9月8日に消防団のポンプ操法審査会がありました。火災現場に到着後、できるだけ短時間に約60メートル先までホースを伸ばし、水をくみ上げ、火点に放水をして消火するという作業を競い合う審査会です。安全、規律、確実、機敏、組織力などが確認評価され、採点されます。全体で143人の清瀬市消防団は本部3人と、7個分団(計140人)に分かれており、各分団が審査会を競い合いました。
清瀬消防署の指導の下、とにかく練習量には本当に頭が下がります。少ない分団で約15日前後です。暑かった夏、それぞれ農業やら、商工業、会社勤めなどの自分の仕事を終えて、夜の8時ごろ練習場に集まって2時間ほど大汗をかいて訓練を積み重ねてきました。「市長、ホースを担いだ時に首筋痛めたのがやっと治りました」「編み上げ靴の底の山が練習で擦り減って平らになってつるつる滑って危ないから、新しい靴を支給してもらいました」。夜間練習の激励に回った時にいろいろな苦労話を聞きました。「暑い夏の、暑い夜に、熱い気持ちでやってますから、あつあつあつですよ」。誠に頼もしい限りであり、市民を守る精鋭部隊の姿に大きく安堵しました。
審査会終了後のあいさつで、「市民を守るために、練習に練習を重ねてくれて、しかも仕事を終えた夜間にです。7万4千人の市民を代表して、心からお礼を申し上げます。ありがとうございます。感動しました。涙が出ました。小寺団長の下、各分団長を中心に一致団結、結束して市民を守るために全力を出し切ってくれました。まさに『手をつなぎ 心をつむぐ みどりの清瀬』がここにあると確信しました。市民の安全安心のために全力を尽くす姿に美しさを感じました。本当にありがとうございました。」と話しました。
優勝した第7分団は、何と51日練習を重ねてきました。まだ続きます。第7分団は11月10日(土曜日)の東京都大会への出場があるからです。練習を見掛けたら、ぜひ声を掛けてあげてください。清瀬市消防団は市民の誇りです。団員を支えてくださっている家族の皆さんにも心より感謝申し上げます。

平成24年8月15日号「市報きよせ」掲載

びっくりしました!インドネシアの保健省疾病対策・環境保健局長が英語で「キヨセズナレッジ」と表現しました。清瀬で得た知識や体験が今とても役立っているとのことです。市ヶ谷で開催された結核国際研修50周年記念式典での話ですが、結核予防会顧問の島尾先
生は「世界の結核関係者にとって、清瀬は『心の故郷』だ」と断言されました。予防会総裁の秋篠宮妃殿下がご臨席での場面のことです。
改めて清瀬の地とその歴史は想像を遥かに超えて光り輝いており、尊く有り難いと確信しました。
その尊い清瀬から今年も広島平和記念式典へ小中学生10人がピース・エンジェルズとして参加してきました。結団式で「戦争や原爆の恐ろしさ、平和の大切さを帰ってきてから皆に伝えたい」と語る子どもたちの思いを聞きましたが、子どもたちのまっすぐな心の光を
感じて涙が出そうになりました。
光と言えば、旭が丘団地の夏祭りで恒例となった清明小のソーラン踊りでは、今年も光り輝いて会場を圧倒し、アンコールに応えて万雷の拍手がわき起こりました。また清中魂と背中に描かれたジャージ姿の中学生2人と出くわしました。お互い視線が合い、話しかけると「女子バレー部の多摩大会で3位になったんです。今度は都大会です。部活の先生がとっても良いんです」と目を輝かせて答えてくれました。
その輝きの清瀬代表となって活躍している日大三高の野球部主将の金子君が、実に痛快な実力を発揮してここ一番の大勝負を決めてくれました。9回表に2塁打を放ち走者二人を返し、2対1で甲子園の切符を今年も手に入れました。
もう一人の代表はロンドンオリンピック・新体操団体競技に出場するサイード横田仁奈さんです。世界が舞台の青春の超大場面です。そこで僕は急きょロンドンに応援に行くことにしました。何せ清瀬の子どもたちです。可能な限り、一人一人の子どもたちとの「縁」という繋がりを大事にして応援していきます。この夏多くの子どもたちが自信と豊かな愛を深め、さらに光り輝いていくことを祈ります。

平成24年7月15日号「市報きよせ」掲載

先日、3人の女性と尊い時間をともにしました。1人目は在宅ホスピス治療にあたっている中島先生です。東京病院で昭和53年、100人の肺がん末期患者に『飲むモルヒネ』を日本で初めて使ったお話をお聞きしました。それまでは痛みを訴えてきた時だけ注射していたものを、一定の間隔でしかもシロップで投与し、その良好な結果を学会で発表したとのことです。救世軍病院の初代ホスピス長をされた後、在宅ホスピス治療の中島医院を開設されて今年で18年となり、約780人の末期患者をみとってこられました。末期には4つの痛
み(トータルペイン)即ち「肉体、心、社会とのかかわり、スピリチュアルな痛み」があり、この痛みの緩和・解放により、皆さん安らかに旅立っていかれているとのことでした。日本中に誇れる安心旅立ち医療の中島医院が清瀬にあることに、とっても安堵しました。
2人目は4月から清瀬市教育委員に就任していただいた植松先生です。先生は渋谷区にある「こどもの城」の小児保健部の臨床心理士として、ありとあらゆる相談に乗ってこられ、この3月に子育て相談40年間の実践アドバイスを『6歳までの子どものほめ方叱り
方』という本にして出版されました。とにかく優しい笑顔が絶えない観音様と言っていいくらいの、清瀬の子育て応援団長です。
3人目は清瀬けやきホールの三澤館長です。今後の催事について説明に来てくれたのですが、僕は奇想天外な要望を伝えました。館長が所属するアクティオ(株)は、我が清瀬の澄川先生がデザイン監修した東京スカイツリーの運営を委託されています。そのスカイツリーの1周年記念か何かで、これまた清瀬に住んでいた世界的虹のアーティストの靉嘔さんの作品でパリ・エッフェル塔から垂らした300メートルの虹の布を、スカイツリーでもできないか社内会議で発言してくれないかと頼みました。
清瀬には素敵な人がたくさんいらっしゃいます。皆で手をつないで、心を紡いで、素敵な緑の清瀬を築いていきましょう。
追伸 星野前市長のご逝去を悼み、心から哀悼の意を表します。

平成24年6月15日号「市報きよせ」掲載

「清瀬の地は、世界中の人々を結核から、もう50年も守っている尊い地です。その清瀬が貴方を応援している。輝け、仁奈さん!」
藤島先生の指導の下、ついにロンドンオリンピックの新体操団体競技に日本代表として花開いた、清瀬育ちのサイード横田仁奈さんを応援する日の丸の旗に書き込んだコメントです。
「代表になってくれてありがとう、うれしいよ。本当に清瀬の地は尊いんだよ。今でも、世界中で110万人の人が結核で亡くなっているんだ。そして、今年も世界12か国から15人の医療研究者が複十字病院の隣にある結核研究所に集まってきて、3か月間の『ストップ結核アクション研修』が5月14日に開講となった。清瀬の地で研修を受けて、世界各地に戻って結核医療の最前線に立っている人はこの50年で計97か国、約2千100人にもなる。清瀬は世界を結核という病気から守っている場所なんだ。その清瀬が仁奈さんを応援しているんだから、世界の舞台で『運』も応援するはずだ。努力実力そして勝負に欠かせない『運』がついている。清瀬の皆が応援している。頑張って!」と激励しました。
清瀬の地の尊さについて、明治薬科大学創学110年記念式典でも話してきました。「続日本後紀」によると833年に入間と多摩の境に「悲田処」(医療介護福祉施設のようなもの)が作られたとあり、そして、野塩地域市民センター建設の時、古代の大きな柱の跡と棟の瓦が発見されました。また、当時の地方政府の長官の名前が「文室秋津」です。更に、明薬の場所は大昔、空堀川と柳瀬川が合流した大きな沼だったといわれています。当然、薬草も生い茂っていたに違いありません。また、近くの円福寺のご本尊はもともとお薬師さんでした。だから、僕は、野塩秋津に悲田処があったと思っています。そして、約千100年後、清瀬に結核療養所ができ、医療福祉のまちとなり、更には世界を結核から守っていくメッカに清瀬の地はなっていったのではと夢膨らみます。
その尊い清瀬が仁奈さんを応援しています。頑張れ!

平成24年5月15日号「市報きよせ」掲載

私事ですが先日、涙が出る程うれしいことがありました。十数年前に、紛失してしまったと思っていた「人生の宝物」が出てきてくれました。それは今は亡き国民的詩人の「坂さかむらしんみん村真民」さんからの手紙です。人生を回想する思いを寄せた僕への返事の手紙です。「人生は深いえにしの不思議な出会いだ。お互い光に向かって進んでいきましょう」という内容で、僕の元気のよりどころです。
市長に就任させていただいて1年、実にたくさんの方々とさまざまな出会いを重ねてまいりました。そのなかでも特に不思議だと思わされたのが、昨年6月より放射線量測定で多大なるご尽力、ご協力をいただいている明治薬科大学です。何と、その明薬の学長(現理事長)先生と深い縁えにしがありました。約7年前に、学長の娘さんが大学の研究論文をまとめるにあたり実際に子どもたちとかかわりたいと、僕が園長をしていた幼稚園に1か月通われていたのです。僕は知人の東京学芸大学教授に頼まれたのですが、まさか再び学長との出会いがあるとは思っていませんでした。5月20日に明薬の創学110周年記念式典がありますので、清瀬市民の安全安心に対する大学のご貢献にしっかりと感謝してまいります。
もう1つ、この4月、日本社会事業大学の学生寮の元寮母さんからは、「清瀬のお母さん」として全国から集まった学生たちとの「笑いと涙とドタバタ喜劇」の13年間の寮生活を回想したご著書を頂きました。清瀬の地を舞台として、深い縁の彩りが織り込まれていく様が描かれており、出会いの尊さが伝わってきました。
その尊い出会いを求めて、公立保育園6園にそれぞれ40分前後お邪魔し、ジャージに着替えて、周りに集まる子どもたちを一人一人抱き上げて遊んできました。「みほちゃんのパパ?」とある子に言われた時には、本当にパパになった気分でした!
縁があるから出会います。その出会い一つ一つを大切にして、お互い光り輝いていければと願います。就任2年目に入ります。手をつなぎ心をつむいで、皆が輝く清瀬を実現してまいります。

平成24年4月15日号「市報きよせ」掲載

軽くゆでた菜の花の新芽にからし醤油をかけて食べるのが、春の毎朝の食卓の楽しみです。ごま油で炒めたニンジンやホウレンソウも大好物です。清瀬産の野菜は、香りと甘み、サクサク感があってとてもおいしいです。僕の食事は7割りから8割が野菜なので、素材に対する僕の舌はとても敏感です。キャベツにほんのわずかでも農薬が残っていれば、ほかの人が気付かなくても、僕の舌は違和感をとらえます。
19年程前、たぶん、僕は野菜に命を救ってもらったのではないかと思っていることがあります。父が心筋梗塞で倒れた時、自分の「気」を全部送り込むような看病をしました。父は回復しましたが、私は、3日から4日してだんだん生あくびが出るようになり、胸のあたりに、常に不快感がある状態になりました。その状態が、1から2か月経過した時、ある人が野菜スープを紹介してくれ、丸ごとのダイコンとニンジン、ゴボウ、シイタケを弱火で1時間程煮こんだスープを毎日飲み続けました。そうしたら、不快感がとれ、不安もなくなりました。
4月3日の日本農業新聞に、清瀬市消防団長で、都内トップレベルの農家の小寺正明さんが、大きく紙面を飾っています。3世代6人の家族経営でホウレンソウ、カブなどの野菜を生産し、都市農業を守っています。「真心が最大のテクニック」が信条の小寺さんは、農薬の散布を大幅に減らす農薬散布軽減型ハウスを考案しました。また、安全な土づくりを重視し、種まきから収穫、出荷まで丁寧な作業に励み、その仕事ぶりは、市場からも高い評価を得ています。
清瀬の農家の方々が、真心をこめて野菜を作っていただき、野菜好きの僕はとても幸せです。

平成24年3月15日号「市報きよせ」掲載

2月16日に、七小3年生9人が市長室を訪ねてくれました。社会科見学の授業で市役所まで歩いてきたようです。「どうぞどうぞ!」と中に招いて15分ほど話をしました。そうしたら、帰りがけにある女の子が「友達になったみたい」とつぶやいてくれました。素直な姿にとても感動しました。
「市長、こんにちは!ピース・エンジェルズ(昨年8月6日の広島平和記念式典への市内小中学生10
名の派遣団)でお世話になったAです」と、さっそうと僕の前に駆け寄ってきてくれました。3月4日の市民体育館で開催された空手連盟大会の時のことです。爽やかな中学生の姿にとてもうれしくなりました。
6日は午後6時過ぎに帝京FCの中学1年生と2年生が21人で東京都大会の報告に来てくれました。「そうかそうか、よく頑張った」。
子どもたちの真っすぐな姿に接すると本当に元気が出てきます。嬉しくなります。きっと、未来や希望が満ちているからでしょうね。
その全く逆の絶望と悲しみと驚愕を昨年3月11日、東日本を中心として日本中が感じさせられました。
実は私たちの清瀬もかつて、その絶望を感じ受け止めながら多くの人が生き抜いてきた歴史を持っています。昭和6年から戦後にかけての約20年間です。一番多いときには結核という死の病を抱えた人たちが5千500人程療養していて、その時の村民の数は約5千人だったと、医療関係者から聞きました。
極めて多くの人たちが清瀬の地で従容としてその最後の人生を生き抜いていったに違いありません。そしてその心を村の人たちも感じていたのでしょう。だから、「手をつなぎ 心をつむぐ みどりの清瀬」のスローガンが生まれたと僕は思います。このスローガンの心こそが震災後の日本社会に夢や希望、未来を作ると僕は信じています。11日の黙とうのご協力ありがとうございました。

平成24年2月15日号「市報きよせ」掲載

先日、「秋津駅の中央で境界が清瀬市と東村山市に分かれているのは何故だか知っているかい?」と、野塩在住の96歳の古老に聞かれました。「えっ?」。「私の祖父の丑蔵じいさんは所沢から婿養子でうちにきたが、働き者で志のある人だった。ある時、秋津に駅を誘致したいと思い立ったが、既に東村山側に計画していた人がいた。なので、その人と話し合いの末、私財を投入して今の所に駅を引き寄せた。だから、市の境界線が秋津駅の真ん中にある。大正6年のことです」。
今から約95年前の話で、先人の方々のいろいろな思いが繋がって今の清瀬のまちがある、まさにその通りだと思います。「手をつなぎ 心をつむぐ みどりの清瀬」は、現在にばかりではなく過去の先人への思いとも紡いでいくことであり、そのことが明るい未来を創り出していくことにもなると思っています。
清瀬駅は六三郎氏や村野・岸氏等有意の人達が駅誘致に立ち上がり、大正13年に駅が完成しました。そして時は流れ、約50年前に池袋からの線路の複線が清瀬までだったということから、若き彫刻家の澄川喜一先生が清瀬駅に降り立ち、アトリエを清瀬に構えました。
そして5月に「そりとむくり」の美を追求されてきた澄川先生がデザイン監修された「東京スカイツー」がいよいよ完成します。ところで、建築工事した会社はどこでしょう、そう!(株)大林組です。
清瀬にある大林組技術研究所で高さ634メートルの工事の難題を解決していったと聞きます。つまり清瀬の地の思い、先人の志はあのスカイツリーにも繋がっているのです。
もう一つ、お医者さんから聞いた、清瀬の地の温かい心の話です。「清瀬に来ると酸素ボンベを使っている患者さんは安心するのです。ある患者さんが『周りが変な目で見ないし、自分の家に来た感じがする』」と言っていました。
先人の皆さんの「志」が今の清瀬の基礎を築き上げてくれました。感謝、感謝、感謝。

平成24年1月15日号「市報きよせ」掲載

謹賀新年。元日の午後に早速ちょっと強めの地震がありました。今年も極めて厳しい、予断を許さない状況ですが、新年の始めです。元気を出して、明るい前向きな話題を大切にしたいと思います。
昨年末に日本経済新聞社が行った第一回経営革新度調査の結果が発表され、我らが清瀬市は全国809市区のなかで19位の評価を得ることができました。透明度、効率化・活性化度、市民参加度、利便度の4分野の総合評価でした。市民の皆さんには直接実感しにくいかもしれませんが、この発表を皆さんや市職員とともに喜び、今後の更なる努力精進を誓いたいと思います。
また、3月14日にクレアビル4階に「清瀬・ハローワーク就職情報室」がオープンします。厳しい経済状況のなか、仕事を探すことは簡単ではありませんが、だからこそ、このハローワークの開設は極めて朗報です。市議会からも雇用の確保について要望されてきており、関係者の尽力に改めて感謝申し上げます。
次は市役所庁舎の耐震化です。昨年末の耐震診断中間報告によれば危険性が高い状態ではないが、最低限耐震補強をする必要があります。概算では、補強工事の場合約20億円掛かり、耐用年数は20年。建て替えた場合は約40億円で耐用年数は60年となります。既に市議会で状況を説明しましたが、さて、どうするかです。年末年始にお伺いした場所でもお話ししていますが、いろいろなご意見を賜りながら、財政状況の見通しと、現在と将来的な課題をしっかりと確認し、方向性を打ち出していきたいと思っています。
結びに、わずかなことでも人はつながる身近な例を一つ。ある新年会で、約45年前の数分の出会いの縁を明確に覚えていらっしゃった先輩と再会し、その時のお話を伺いました。「心をつむぐ」ことの奥の深さを感じさせられ大切さを更に実感しました。今年もよろしくお願いします。

平成23年12月15日号「市報きよせ」掲載

11月15日の庁議で、教育長が東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県気仙沼市の階上中学校の卒業生代表Kさんの答辞を紹介し、副市長が朗読しました。涙と絶句の庁議となりました。この答辞を心の真ん中でしっかりと感じることが今、人として最も大切なことだと思いましたので市職員全員に配りました。卒業式は3月22日でした。
『自然の猛威の前には、人間の力はあまりにも無力で、私たちから大切なものを容赦なく奪っていきました。天が与えた試練というには、むごすぎるものでした。
つらくて、悔しくてたまりません。時計の針は、14時46分を指したままです。でも、時は確実に流れています。生かされた者として顔を上げ、常に思いやりの心を持ち、強く、正しく、たくましく生きていかなければなりません。命の重さを知るには、大きすぎる代償でした。
しかし、苦境にあっても、天を恨まず、運命に耐え、助け合って生きていくことが、これからの私たちの使命です。私たちは今、それぞれの新しい人生の一歩を踏み出します。どこにいても、何をしていようとも、この地で、仲間と共有した時を忘れず、宝物として生きていきます。
後輩の皆さん、階上中学校で過ごす「あたりまえ」に思える日々や友達が、いかに貴重なものかを考え、いとおしんで過ごしてください。先生方、親身のご指導、ありがとうございました』。
K君に後れを取ることは許されません。清瀬市職員は、なお一層の結束力、一致団結をして「手をつなぎ 心をつむぐ みどりの清瀬」の更なる普及と実現に向けて努力して参ります。そして市民の皆さんと一緒に、【助け合って生きていくことが、これからの私たちの使命です】とのK君の【心の叫び】に応えていきたいと思います。来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

平成23年11月15日号「市報きよせ」掲載

感動場面を幾つか記します。社会福祉協議会主催の10月22日のコミュニティプラザひまわりでのふれあい祭りコンサートの一場面です。聖ヨゼフ老人ホームのステージにいた車椅子のおばあさんは丸まった背中のため、頭が下を向いてしまっていました。しかしその体勢から、演奏が始まるとわずかに上げられた顔から、上目使いに視線を真っすぐ指揮者に向けて、片手に持った鈴を少し少しと鳴らしていました。その姿に見入っている時、不意に母の顔が重なり、涙が滲んでしまい、その姿が心に焼き付いてしまいました。
2つ目、10月28日の第三・六・七小の6年生による連合運動会で、100メートル走を全力で駆け抜けていく小学生の姿に頼もしい爽やかさがありました。そして友達を応援する大歓声や長縄跳びにも、仲の良さと結束する力が感じられ、気持ちが明るくなりました。
3つ目、隣町との連携を図る気持ちで10月27日に新座市の須田市長を訪ねました。驚いたことに、市長と一緒に幹部職員が7人も対談に同席いただき、定期的に調整会議をすることになりました。そして農業まつり(1面に掲載)の案内を新座市の自治会に早々と配っていただきました。今後楽しみなところです。
4つ目、11月2日午後のことです。突然、就任4日目の所沢市の藤本新市長がお見えになりました。選挙前にお互い話をする機会があり、今の時代をどう捉えるかということで意見を交換したのですが、選挙終盤戦はその話を中心に市民の皆さんに訴えられたということでした。時代認識に市民の皆さんが共感してくれたとの話に「手をつなぎ、心をつむぐ、みどりの清瀬」のスローガンの真髄は日本中の人たちが求めているものだということを改めて身近な例で認識することができ、深い感動を覚えました。
お隣の皆さんともしっかり手をつなぎ心をつむいでまちづくりを進めてまいります。

平成23年10月15日号「市報きよせ」掲載

先月のニュースで、名古屋大学などの国際研究チームが『ニュートリノが光より速い現象を観測した』とありました。光より速いものはないと学校で学んだ絶対的な事実がくつがえされる可能性に、やっぱり今、人間社会はとんでもない大変化の時代のなかにいると言えます。一方、経済では金融資本主義が崩壊するとも言われています。分かりやすく言えば「今だけ、金だけ、自分だけ」の生き方が通用しなくなります。
そんななか、市の職員の意識も変わってきたと思います。9月26日に課長、係長への昇
任面接試験を行い、彼らの考えを聞きました。
「前からやっていたと、漫然と引きずっている業務が少なからずある。必要、根拠を洗い出したい」「小さいことでもしっかりと足跡を残せる仕事をしたい」「ぼそぼそと話す職員には、しっかり声をかけて、職場の雰囲気作りに努めている」「一人で抱え込まないで、一緒に働く仲間と解決していく。コミュニケーションを大切にして、もっと楽しく仕事をすべき」「すぐに現場に足を運ぶ。電話だけでなく自分の目で見る。信頼関係が基本」「当事者意識を持ち、説明責任を果たす。誰もが役割を担っている」「現場主義・迅速・誠実。この3つでほとんどは解決できる。人材育成は新人の時にしっかり訓練しないと難しい。いい加減な若手がいたら、『あなたのために採用されなかった人がいる』と時には厳しく迫る」「やる気のある新人が入ってきている。あの先輩のようにやればいいんだと模範を示したい」(などなど、他は割愛)。市民の皆さん、いかが感じられましたか。
冒頭の研究者も市役所も同じチームです。今の時代、一人の英雄やスターでは乗り切れません。全員参加の心意気と汗と知恵が未来を開きます。「手をつなぎ、心をつむぐ、みどりの清瀬」に向かって、皆で一歩また一歩と歩んでいきましょう。

平成23年9月15日号「市報きよせ」掲載

8月28日に、第七小学校で総合防災訓練を実施しました。今回は「見る」訓練から、実際の災害に即応できる内容の「体験する」訓練へと変えるため、消防団歴32年の経験を生かし、何度も担当部署と協議しました。約千500人の方々にご参加いただき、一定の成果は出せたと思います。
特に、市民の皆さんも実際に放水していただいた、大型キャリーケース位の放水ポンプ(小平消防署から借用)はそれなりに威力があり、学校3階の屋上まで水を届かせていました。今後、震災時に大規模火災が発生しやすいとされる地域の火災発生初期対応として、「(仮称)ご近所市民消火隊」がこの放水車を使って実現できればと、可能性を探っています。
その他、り災証明発行・救出救護搬送・救命応急手当・避難所開設・帰宅困難者対策・給食訓練などに、多くの関係団体や市民の皆さんにご参加・ご協力いただき、本当にありがとうございました。
また、我らが清瀬市消防団は消防署の指導の下「火災現場直近に火を消す水がないと想定し、消防ポンプ車3台を中継させ、約1キロ離れた所から水を吸い上げ送水する」という高度な技術を要する「放水」を無事成功させました。
さて、消防団副団長時代は人生論を語りながら、若い団員の皆さんとよく飲みました。「人のお役に立つということは尊いことだよ。でも仕事がありながら忙しいのに、本当にありがとう。いつか必ず我が身に還か えってくるよ」と、偉そうな先輩風を吹かせても、嫌がらずに楽しく付き合ってくれました。本当に心強い、私たちの消防団です。
各防災機関・各団体・各市民の皆さんと一緒に、危機管理、防災に万全を尽くしていきます。そして更に更に「手をつなぎ 心をつむぐ みどりの清瀬」の絆きずなを強くしていき、その超チームワークの力で私たちの愛する清瀬を守っていきましょう。

平成23年8月15日号「市報きよせ」掲載

昨年よりは暑さがしのげますが、市民の皆様お元気でいらっしゃいますでしょうか。
7月30日の旭が丘団地自治会納涼大会での「清明ソーラン」の踊りにとても感動しました。会場溢れんばかりの人
々が見守るなか、清明小学校の3年生から6年生の110人がそれはそれはピーンとした緊張感の下、まなざし真っすぐ、背すじしゃんとして、すごく格好良い子どもたちでした。踊り始めたら、しなやか軽やかで躍動感に溢れ、しかもぴったり息が合っていて、見ていて爽やかでとてもうれしくなりました。始めと終わりのおじぎの礼儀正しさも見事でした。なにか「なでしこジャパン」を思わせるものがありました。
聞けば、約2か月前から10日間ほど、授業終了後の体育館で、110人が集まって練習したとのこと。指導者は保護者のお母さん5人と卒業生で、そこに自治会役員をはじめ、清明小保護者の会とサポーターの保護者の方々がお手伝いとしてかかわり、練習後は校長先生に「体育館を使わせていただき、ありがとうございました」と子どもたちと一緒に挨拶をしたそうです。
その後、車で移動し、喜望園・療護園の園庭をお借りした、障がい者の皆さんによる清瀬わかば会の夏祭りにおじゃましました。始まってから間もなく雨が降り出してしまいましたが、関係者から近所の方、親子連れの皆さんまで実にたくさんの方がお祭りに集まっていました。障害の有る方・無い方も皆一緒に、ごく自然に交り合ってお祭りを楽しんでいて、ここでもまた、「手をつなぎ 心をつむぐ みどりの清瀬」を見る思いでした。
お祭りは人と人との出会いを生み出し、絆を深め、我が清瀬の人情をより豊かにしてくれます。市内各地でお祭りにかかわる皆さんのご尽力に、心から感謝と敬意を捧げます。

平成23年7月15日号「市報きよせ」掲載

いよいよ夏本番となってまいりました。熱中症対策として、65歳以上の方にネッククーラー(冷却用スカーフ)をお配りすることになりました(4面参照)。皆さんにこの夏を無事乗り切っていただけるよう、心よりお祈り申し上げます。
さて、就任して2か月半、市長室や市内各地で実に多くの方々と出会いを重ね、お話を伺ってきました。
そのなかで一番驚いたのが、元中国残留孤児の方に筆談で「請求市長保護」と書かれた時です。幸い、後で調べたら既に支援を受けているとのことで、安堵したところです。
逆に大喜びさせていただいたのが、ある団体の懇親会で眞田美那子さんという方と靉嘔さん作「大きな木」の絵(清瀬けやきホールのどんちょうに使用)の話で意気投合し、眞田さんが所有する靉嘔さんの作品を市に寄付すると言っていただいた時でした。
その作品は4部作で、子どもたちに大人気のアニメ映画「となりのトトロ」の劇中にでてくる「まっくろくろすけ」ならぬ「まんまるマルスケ」のような、あるいは仏教の曼荼羅絵図のような不思議なパワーを放っている、正式名称「丸の中の四角」という作品です。眞田さんは、多くの人に見ていただいたほうが作品も喜ぶだろうと話されていますので、今後、郷土博物館の企画展などで展示する予定です。その際は市報などでお知らせします。
「手をつなぎ 心をつむぐ みどりの清瀬」、出会いを大切にしそれを紡いでいって、すてきな清瀬を描いてまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

平成23年6月15日号「市報きよせ」掲載

6月議会が始まりました。各議員の皆さんから、所信表明その他について、それぞれのご意見・ご指摘、あるいは市民の皆さんのご要望を巡って、活発に議論をさせていただいております。
議論が結果として、形や制度などとして実現していく場合と、また実現には至らない場合といろいろですが、議会は最終的に、まちづくりの各施策の完成品を作り上げる工場だと僕は思っています。
議会の皆さんとの議論が活発であればあるほど、創意工夫が働き、あるいは財源が限定されているなかで、何を大切に、あるいは優先させ、あるいは将来を見通しての必要性、または緊急的に取り組まなければならないかなどが見えてきます。そして最終的に、議会との合意形成を経て、まちづくりの施策が完成していきます。
さて、今回まず緊急的なものとして、福島原発問題による、放射線量の市内での測定をという要望がありました。市民の皆さんの不安が高まるなか、検討を重ねていった結果として、明治薬科大学が測定器を貸してくださり、ご協力を得られることになりましたので、市でも測定することといたしました。測定方法についても担当教授が助言してくださり、心強い限りです。
その後に、市長会の要望に対して、東京都が都内約100か所で測定するなどの発表があ
りました。
今後とも、安全で安心できるまちづくりに努めてまいります。

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住所:東京都清瀬市中里5-842 清瀬市役所2階
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