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平成25年1月15日号から12月15日号

更新日:2014年07月21日

平成25年12月15日号「市報きよせ」掲載

感動をクリエートしてくれる、すごいケーキ屋さんが市内にありました。3歳の誕生日を迎える孫娘に「ジージ、赤い靴がほしいの」と言われ、その話をある人にしたら、「どんな形でも、お客さんの要望に応えて、おいしいケーキを作ってくれる人気のお店があるんですよ」と聞き、「えっ! そんな店あるの? よしっ、孫娘をびっくりさせてやろう!」と思い立ち、赤い靴のケーキを注文しました。
先月の誕生日、孫にまず本物の赤い靴を見せてから、ついで「もう1つあるよ」とケーキの赤い靴を取り出して見せたら、すぐ手を伸ばし、かかとの部分をつかもうとして「グシャッ」とつぶしてしまいました。目を丸くした孫娘は「ケーキだよ」の言葉に指についたクリームをしゃぶり、少しはにかんだ幸せな笑顔を見せてくれました。うれしいですね、こんな素敵なケーキ屋さんが清瀬にあるなんてありがとうございます。
もう一つ、今度は僕が目を丸くした話です。市内に本社・研究所がある会社のものすごさを全く知らなかったのです。その製品の日本市場の占有率は60%から70%、世界市場では22%。工場は市内だけでなく、東北道矢板インター近くの塩谷町に1万坪の敷地の工場2か所、寄居、岐阜、インド、アメリカ、ベトナムにあり、次世代製品の開発は名古屋大学と共同研究をしています。
その会社名は日本サーモスタットです。自動車から住宅関連まで、温度調節の部品を作っています。最近の異常気象から思えば地球温度の調節が人類的な課題であり、温度調節とエネルギーの効率化をはかる世界的技術を持つ会社が清瀬にあることは大きな誇りです。加えて先月には、芝浦工大主催の全国ロボットコンテストで4部門中2部門で市内の小学生たちが優勝し、また準優勝にも1人入り、未来の技術者が育っていると思うと楽しみです。
結びに、駅前宇都宮病院の御子息が午年の来年に向かって11月に大快挙を成し遂げました。馬術競技の全日本大会で優勝してくれました。この勢いで午年も「手をつなぎ、心をつむぐ みどりの清瀬」を盛り上げていきましょう。1年間ありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

平成25年11月15日号「市報きよせ」掲載

「来る人をこばまず 去る人を追わず 花の姿を見ながら 花と語り合いながら 八十路の坂をゆこう 越せるかな 穏やかに歩もう 穏やかにゆきたい」。「感謝して 努力して 辛抱して 一寸休んで 感謝して 努力して 感謝して あきらめて 感謝して ありがとうございます」。
ひとり暮らしの87歳の篠原頼子さんの作品です。石田波郷直筆の3枚の色紙を市に寄贈して頂いた折にお宅におじゃまし、障子に張り付けてあったのを書き写してきました。
人生90年をどう生きるかの時代に入りつつあると改めて思わされました。そこで浮かんできたのが「松の木小唄」です。「好き好き好きよ みんな好き あなたのすることみんな好き」、そう、好きな人や好きなことがあれば人生は充実します。「好きこそ物の上手なれ」という諺がありますが、転じれば「好きこそ人生の上手なれ」です。それを遺憾なく発揮したのが清瀬市文化協会創立50周年記念市民文化祭でした。田中文化協会会長はじめ関係者の皆さん、本当にありがとうございました。
さてもう一つ、ケーブルテレビのJ:COMが「歴史百景」という全国向けの番組で清瀬を取りあげてくれました(J:COMテレビの放送日時=11月17日・24日午後5時時30分から)。そのため清瀬の昭和史を改めて調べたら、尊いことがまた1つ分かりました。
ポーランド出身のカトリック教会のゼノ修道士は1930年に来日以来、長崎で被爆しながらも人々を助けて回り、戦後は戦災孤児や恵まれない人々の救済活動に尽くし「アリの町の神父」として有名になりました。「弱い人を愛し、人間同士が生きる幸せを作っていく大きな愛こそが一番豊かな幸せである」としたゼノ修道士の口ぐせは「ゼノは死ぬひまないね」だったそうです。そのゼノ修道士が清瀬のベトレヘムの園病院で晩年の3年余りを過ごされ、1981年に来日されたローマ法王に謁見を受けました。
「人々の善意の運び屋」と自称されたゼノ修道士はその1年後、清瀬の地から天に旅立ったのです。こうした実に尊い歴史が重なり、人間同士が生きる幸せを作り、文化薫る「手をつなぎ こころをつむぐ みどりの清瀬」が生まれてきたのでしょう。

平成25年10月15日号「市報きよせ」掲載

「ガンバレー、ガンバレー!」、観戦していた市内の中学生達から思わず大きな声援が出たのは国体女子サッカー、岡山対徳島の試合でした。延長戦に入っても勝敗が決まらずPK戦となり、あと1つボールを取り損なえば負けてしまう状況に、徳島県チームのゴールキーパーが自分の責任だと肩を落としている姿に、大声援が飛んだのです。結局は負けましたが、僕は中学生達の声援に感動しました。心が通じ合った!美しい姿でした。
清瀬での女子サッカー5試合は、さまざまな感動を繰り広げて有終の美を飾りました。関係者の皆さんの絶大なるご尽力のたまものです。
もう1つ、声援の話です。「私、他市の消防団員です。本日、清瀬市での北多摩地区消防大会にパレード隊で参加しました。そのなかで感激したことがありましたので感動が冷めないうちにお伝えします。パレードの始まりから終わりまでコース上に市民の方々と子ども達が小旗を振って途切れることなく声援を送ってくださり、歓迎の度合いは今までの大会や自市での出初式などでも体験したことのないパレードでした。―中略―
これからの御市のご発展をお祈りし、心から清瀬の皆様にお礼を申し上げます」。これも市民の団結協力のたまものです。重ね重ねありがとうございます。
さて、先日「正夢」に向かって少し前進しましたのでご報告します。木原衆議院議員外務政務官がツイッターに載せてくれました。「世界ではまだ結核は重大な疾病であり、清瀬の結核研究所は結核医療・研究の世界的総本山です。数々の歴史的資料や標本は世界的に貴重でそれを残すのが目的です。清瀬市にある結核研究所の世界遺産登録を目指しています。その活動のため渋谷清瀬市長が議員会館に来訪されました」。
また同日、ストップ結核パートナーシップ日本推進議員連盟会長の武見参議院議員にもお会いし、協力を約束して頂きました。
「手をつなぎ 心をつむぐ みどりの清瀬」は世界的に価値があると僕は信じます。

平成25年9月15日号「市報きよせ」掲載

「忙」の漢字は本当によくできていると思います。多忙を極めると心がなくなる、心に潤いがなくなります。しかし、豊かな自然や感動の世界にどっぷりとつかれば回復します。
8月の清瀬ひまわりフェスティバルの2万4千平方メートル、10万本以上のひまわり畑の様子を視察して庁舎に帰ってきた時、「あれっ?気分が変わっている。ゆっくりとした、良い気持ちになっている」と、実感しました。6万人以上来ていただいた人々の感想をお聞きすると、「癒やされました。この癒やしはお金では買えません」「びっくりしました。こんなに広くてひまわりが一杯で。感動しました」などと皆さん、北海道のような景色に大感激してくれました。
横浜から来た若いカップルからは、「えっ! 市長さんですか。一緒に写真撮らせてください!」と頼まれて3人で写真に納まりました。そうそうカップルと言えば、「ひまわり畑でつかまえて」の婚活事業で5組のカップルが誕生しました。2月の「うどんde婚活inきよせ」では6組ですので、計11組です。何とか結婚までいってくれたらと願わざるを得ません。
少子化社会は結婚してない男女が多いという事も原因の一つです。僕は青春時代、好きになった女性にケーキを持っていって、「困ります」と言われて持ち帰り、友達とやけ酒をあおった事がありました。でも18年後、ある人から「本当はあの人あなたのことを好きだったのよ」と聞かされ、「えっ!」と絶句しました。
やっぱり、結婚に至るというのは「見えない赤い糸」がつながっているかどうか、「縁」があるかどうかです。でも全ての人にそれぞれ相手がいるはずですから、あきらめずに探してほしいのです。市長として婚活事業で応援しますから、頑張ってください。
ひまわり畑が今年も実にたくさんの人々に、元気、楽しさ、仲良し、癒やし、希望をプレゼントしてくれました。石井ファームの石井さん、小寺ファームの小寺さん、清瀬市農ある風景を守る会の松村会長をはじめ関係者の皆さんには、心から御礼申し上げます。ありがとうございました。

平成25年8月15日号「市報きよせ」掲載

7月1日号の市報でもお知らせしましたが、市役所庁舎の耐震化については、建て替えにより整備することを決めさせていただきました。7月26・27日に、整備方針に関する市民説明会を開催し、市がこれまで行ってきた耐震診断や現況調査・検討の結果や市議会の公共施設耐震化検討特別委員会での検討結果をもとに、建て替えによる整備が最適であることをご説明いたしました。今後は、防災センターを備えた市民の皆さんにとって利用しやすい庁舎を目指して、市民の皆さんからご意見等をお聞きしながら、基本構想・基本計画の策定を進めてまいりたいと考えておりますので、ご理解ご協力をお願いいたします。
さて、作曲家メンデルスゾーンの作品に「真夏の夜の夢」がありますが、猛暑のなか、僕の頭のなかには夢、幻想が広がっています。でも、全く根拠のない話ではありません。8月2日、複十字病院の隣にある、世界保健機関(WHO)が指定する研究協力センターである、結核研究所の第51回国際結核研修閉講式に出席してきました。こういうとんでもなく凄すごい研究所が清瀬にはあるのです。
ケニア、ミャンマーなど10か国から14人の医師が5月に清瀬に来られて、3か月の結核研修を受けられたのです。51年間の研修生の累計は、97か国で約2千100人以上の医師、検査技師となります。だから、研究所は「ニュース レター フロム キヨセ」を英語文で海外約2千人に送っています。
WHOの統計ではいまだに世界での結核死亡は年間140万人に及ぶとされ、その対応が急がれております。そして清瀬の研究所には「かつての結核病学はこのような病理所見を観察し、記録し、考察を加えることで発展してきたものであり、戦前のこの道の多くの先達たちによる血の滲むような苦労の跡を知る思いがする(岩井名誉所長)」世界的に貴重な資料が保存されています。
以上などから、僕の頭に「私たちの清瀬は世界文化遺産の対象になるのでは!」という夢が離れなくなってしまいました。暑さのせいでしょうか。それとも正夢?

平成25年7月15日号「市報きよせ」掲載

「今が青春真っただなかだと思っていますから、副委員長お受けします」と踏み込んで頂いたのは、83歳のKさんです。行政事業の外部評価委員会に応募して頂いた先日の第1回目の会合の場面でした。大変に勇ましいお言葉に、相田みつをさんの詩、「しあわせはいつもじぶんのこころがきめる」を思い出しました。幸せを年としに取り換えれば、「としはいつも自分の心が決める」となりますか。
5月の市民ゴルフ競技会でご一緒させて頂いた3人のなかの1人、82歳のFさんは、僕よりも30メートル以上ボールを飛ばす、すごい人でした。73歳のHさんは何と頭の骨の一部がありませんでした。「市長、ここの所、3本、傷の跡があるだろう。脳溢血で3回、昭和病院で手術してもらったんだ。骨が使えなくなったから、セラミックで型を取ってチタンで骨の代わりにしてあるんだ」。いやーこれまたすごい人でした。すごさついでに、もう1人の76歳のHIさんは「じぇじぇ!」、なんと! ホールインワンを決めてくれました。
そうそう、「じぇじぇ、凄くね!」がNHK朝ドラ「あまちゃん」で流行っていますが、清明小の4年生の子ども達も超年配者に負けず、「じぇじぇ!」を見せてくれました。「かまえて! ドッコイショードッコイショ! ソーランソーラン!」、約60人の子ども達が授業のなかで大汗をかきながら、担任の先生達と一糸乱れず踊り舞い、とても感動的でした。加えて指導者は6人のお母さん達であり、「みんなが繋がりあう」絆きずな社会がしっかり確認できました。
と書いている所に、第5地区の青少協だよりが届きました。題名に「みんなで支える地域の子ども」とあり、第五中の修学旅行の様子に触れてあります。旅館の従業員の方が、生徒達が使った風呂場の整理整頓が良くできていて感心してくれたとのことです。「良い人格は良い習慣づくりから始まる」と結んでありました。なるほど!では、「良いまちは良い気の寄せ合い(きよせ)から始まる」。それが清瀬の魅力であり、魅力・気力ある人が清瀬の津々浦々にいてくれていると僕は信じます。

平成25年6月15日号「市報きよせ」掲載

清瀬市議会では昨年6月に公共施設耐震化検討特別委員会を立ち上げ、旧建築基準法(昭和56年以前)で建設された市役所や下宿地域市民センター、野塩地域市民センター、保育園、学童クラブ、老人いこいの家など17施設の耐震改修問題を1年間にわたり、審議検討を重ねてくれました。その答申を先月末に頂きました。
今年度は耐震度の低い学童クラブや老人いこいの家の耐震改修を先行して行いますが、残りの市役所庁舎や下宿地域市民センター、野塩地域市民センターの3施設のうち、特に耐震度が一番低い市役所庁舎をどうするかが大きな課題です。
東日本大震災の後、私自身で岩手県の釜石市や宮城県の石巻市などに行き、直接被災現場を見てきました。それは悲惨な状況であり、今も目に焼き付いて離れません。改めて犠牲者の方々にはお悔やみ申し上げるとともに、いまだ多くの困難を抱えている被災者の皆さまや地域の、一日も早い復興を心からお祈り申し上げます。
その際、被災地の首長さん達に直接お話しを伺ったり、講演も何度か聴いてまいりました。市役所庁舎の耐震改修か建て替えかのどちらを選択するにしても、震災の教訓を生かして、また、財政的な視点も含め対応してまいりたいと考えております。
一定の考え方がまとまり次第、市民の皆さんのご意見も伺う機会を設けたいと思います。
さて、私が30代のころ、自分の経営する事業を拡張するため建物の建設に際して多額の借金をしなければならず、厳しい決断を強いられる時がありました。そんなさなか、北海道での研究大会の帰りに立ち寄った盛岡で、迷いの胸中で渡った北上川の橋を何気なく振り返ると、「開運橋」という名前であったことに奮い立ち、事業を進めた結果、今では、多くの方に利用していただける事業となりました。
こうした経営者としての経験からも、決断にはタイミングが非常に重要だと思いますが、市長として後々悔恨を残さないよう、熟考を重ね、決断してまいります。

平成25年5月15日号「市報きよせ」掲載

とても間が良い出来事がありました。日本社会事業大学の入学式に出て以来、社事大の校歌「孤独、敗残、途に哭き わが世 餓ひょうの野となれば 社会の福祉誰が任ぞ…」と続く歌詞とメロディーは天下一品の校歌と思うようになり、4月24日に社事大事務局から説明を受け、後日校歌と一緒に元京極社事大学長が発案された「清瀬讃歌」のCDも送られてきました。 その日清瀬市合唱連盟の方々と初めてお会いしたのですが、何と、合唱連盟は清瀬讃歌をこよなく愛唱されていたのです。まるで出会いが用意されていたかのようでした。
出会いと言えば、3歳の時から幼稚園で係わりがあった小学生から今月初め手紙がきました。
「金太ろう先生へ お元気ですか。わたしは元気です。4月のおわりごろに 学校ですこし いじめをされて いやな 気もちになりました。でも たんぽぽだましいがあったから ぜんぜんなきませんでした。金太ろう先生 こんど あそびに行くので まっていてください」。関係者の話では既に母親は学校に相談し、担任の先生が子どもたちと話し合い、適切に指導し問題は解決されています。
○○ちゃん、つらかったね。でもよくのりこえた。お母さんも先生達もうれしいと思うよ。まだ分からないだろうけど、何故、「人間」という漢字、「人」の後に「間」を付けたんだと思う? 人というのは人と人との「間」、友達と友達との間、の出来事や自然の変化の間で生きて生かされ、時には傷つきながら、でもいつかは立ち上がって前に進んでいくのだと金太ろう先生は思っています。そして、「間」を大切にする人には当然、間が良くなってきて、間には運という意味があるから、必ず運が良くなっていく筈はずです。だから「前向きに生きる人には天と大地が味方する」という言葉が大好きなんだ。さて市長の立場に戻るね。
いろいろなことがありますが、一つ一つしっかりと向かい合って、それぞれの間が良い清瀬、「手をつなぎ心を紡つむぐ みどりの清瀬」の実現に努力してまいります。

平成25年4月15日号「市報きよせ」掲載

先日、市長へのメールで旧都立清瀬小児病院の跡地を撮影した写真を送っていただきました。そこには、まるで江戸時代にタイムスリップしたかのような朝日が差し込むアカマツ林の姿が映し出されていました。素晴らしい光景に感動し、市議会の予算特別委員会で、景観の保全についての議論がありましたので、残したい景観として、その写真を市議会議員の皆さんにも見ていただきました。
さて、この素晴らしい光景が広がる旧都立清瀬小児病院の跡地ですが、昨年から行われておりました建物の解体工事も終わり、周りの囲いが撤去され、なかがよく見えるようになりました。建物もなくなったため、その敷地の広さと、アカマツを中心とした緑の広がりに、清瀬の原風景を見るような感動を得ることができます。
都立清瀬小児病院については、東京都から閉鎖の方針が示され、市では、市民の皆さんとともに反対運動を展開しましたが、東京都の決定は覆らず、ただ反対運動を続けているのは現実的でないと判断し、移転後の小児救急医療体制を多摩北部医療センターで確立できるよう努めてまいりました。
一方、市民の皆さんからは、病院跡地の緑地は何としても守りたいとの声が上がり、清瀬の自然を守る会の皆さんを中心に署名活動も行われ、平成22年には都議会に請願が出され採択されています。
市としましても、アカマツ群生地を含む貴重な緑地は、病院街を形成する一体的な緑として、何としても残してほしいと、東京都に対し強く要望しています。昨年の11月には、私が直接、東京都の環境局長とお会いし、私と森田市議会議長から都知事にあてた要望書を手渡しました。東京都では、水道局が一部取得の意向があるとのことで、残りの部分の活用については清瀬市の意向を聞いて対応したいとのことでありますので、今後も、東京都の動向を注視しながら、要望を続けていきたいと思っています。また、今後、市民の皆さんのご意見をお聞きする場も設けたいと考えています。

平成25年3月15日号「市報きよせ」掲載

体罰が問題となっていますが、二十数年前、幼稚園在職の時に、手に負えなかったY君がいました。へそを曲げると、園庭の真ん中に胡坐をかいていつまでも座り込んだり、一度噛み付いたら噛み付きっ放しになったり、送迎バスを運転席の窓から降りたりと、とにかく腫れ物に触るかのように対応せざるを得ませんでした。
そのY君が、小学2年生の時、僕が別に経営していたスポーツクラブのサマーキャンプに参加してきました。2泊3日で初日の午後、落下傘花火を使って30から40人の子どもたちと遊びました。そして夕方、Y君が食事に来ませんでした。何とバンガローの所で棒きれを振り回して暴れているという報告が入ってきました。花火から落ちてくる落下傘を一番に取れなかったことで、へそを曲げたのでした。
僕は即、決断しました。「今やらなければ、彼はこのまま大きくなっていってしまう。勝負だ」と思い、幸い引率スタッフに幼稚園当時の担任がいましたので、彼女に「今からメチャクチャにやるから、後のフォローを頼む」と言って、一緒にバンガローに走って行きました。そして、Y君を見つけると、「なぜ分からない! いつも一番になれると思ったら大間違いだぞ!」と怒鳴りつけ、「いいか、人生は思う通りにならないことの方が多いんだ。我慢することが大切なんだ」。ふてくされていたY君に激しく怒鳴り続けました。
そしてやっと「ウン」と言わせ、「分かればいいんだ。背中に乗れ」といっておんぶし、バンガローに戻りました。そして、担任に後を頼みました。さあそれからです。僕は「あんなことやることなかったじゃないか。おかしくなったらどう責任をとるんだ」という後悔の念と、「いや、Y君に今感じさせなければどこかで人生をつまずく。逃げるわけにはいかない」という使命感が明け方まで交錯しました。そして、鳥が鳴き始めると、「トントン」と音があり、扉を開けたらY君が立っていました。それからはずっとどこに行くにも僕にくっついて離れませんでした。心がつながりました。フォローしてくれた担任にも感謝です。

平成25年2月15日号「市報きよせ」掲載

いい曲に出会いました。shab◎nさんが歌う「水の地球(ほし)」です。2月3日に、清瀬けやきホールで行われた『TOKYO EARTH WORKERS collection 2013 みんなで環境を考える共同行動』のクリエイティブコンテストで見事グランプリに輝いた曲です。このイベントは、東京都の62市区町村が共同で取り組む「みどり東京・温暖化防止プロジェクト」の一環として行われ、私もあいさつの機会をいただきましたので、清瀬の素晴らしい環境と、それを守っていこうとする市民の皆さんの活動などについて大いにPRさせていただきました。
さて、平成25年度のまちづくりの事業計画となる予算案がまとまりました。一般会計の予算総額は261億7千万円、対前年度比で11億2千5百万円、4.5パーセントの増となりました。3月の市議会に提案し、ご審議いただくことになりますが、今回の予算に盛り込んだ主な事業について申し上げます。
まずは、安全安心なまちづくりに全力で取り組みます。災害時に少しでも被害を減らし、素早く復旧ができるよう地域防災計画を見直し、新たな計画を策定いたします。また、備蓄食糧や避難所備品の充実を計画的に進めます。木造家屋の耐震化では、これまでの耐震診断に加え、耐震改修や耐震シェルターの設置を助成します。また、自治会などの自主防災組織への助成も新たに始めます。
次に、子育て支援であります。保育園の待機児童解消のため、新たに中里地区にできる私立保育園の整備(定員120人)や上宮保育園の建て替え(定員27人増)の補助を行います。また、第1保育園では平成26年度より0歳児を受け入れるための改修工事を行います。小・中学校では、今年度より「命の大切さ」を知る教育として実施した「赤ちゃんのチカラプロジェクト」を拡充して行います。
この他、学童クラブや老人いこいの家の耐震改修、昨年12月に答申をいただいた補助金等適正化検討委員会と行政評価外部評価委員会の結果に基づく補助金や事業の見直しなど行財政改革にも努めていきます。

平成25年1月15日号「市報きよせ」掲載

昨年末に発生した「公文書の不当な持ち出し及び放置等」(詳細は8面参照)につきましては、市民の皆様に大変ご迷惑をおかけして誠に申し訳ございませんでした。これを受け文書管理につきましては、全庁的に更なる管理徹底をして、再発防止に努めているところ
でございます。
さて、巳年の年明け、元日の朝5時に始まる、ある団体の元朝式で年頭の挨拶をさせてい
ただきました。式後、ある先輩から、「金太郎先生、良い話でしたよ。僕も清瀬に移ってきて良かったと思っています」と感想を聞くことができ、元気をいただくことができました。
帰宅し、今度は「法華経」を若い修行僧が読誦してくれるあるお寺で、僕が毎朝念じる「清瀬市安全息災」の祈願札をいただくため立川駅で特急あずさに乗りました。その特急が八王子を通過した所で、何と電車が突然止まってしまいました。車内放送が入り、急病人が出たことが分かりました。しかもその席は僕のすぐ後方で、意識がないという事も分かり、「これは! 心臓マッサージか、AEDだ」と思い、上級救命技能認定証のカードを確認して立ち上がろうとしました。すると、いち早く「僕は看護師です」と青年が通路を駆け寄っていき、間髪入れず医師も現れました。あり得ないほどの間の良さに、またあり得ない場面に遭遇したその不思議さに、万葉歌人の西行の短歌「何事の おはしますかは 知らねども かたじけなさに 涙こぼるる」といった感動を覚えました。
さてかたじけなくも、ありがたいことに複十字病院の工藤院長先生から、「杖に巻きついた蛇は医療のシンボルです」と教えていただきました。だとすれば、巳年の今年は世界を結核から守る結核研究所がある清瀬、医療のまち清瀬にとっては、まさに清瀬祝福の年だと思っていいんだと僕は思いました。清瀬祝福の年、「手をつなぎ 心をつむぐ みどりの清瀬」を市民の皆さんで盛り上げていきましょう。今年もよろしくお願いいたします。

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