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ブログ―市史編さん草子「市史で候」最新テーマ:「古い資料ください!」

更新日:2017年08月02日

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企画部市史編さん室のブログ、市史編さん草子(ぞうし)「市史で候(そうろう)」が平成26年5月30日始動!
市史編さんの進捗状況を報告するほか、清瀬市の歴史・文化・自然を随時紹介。
市史編さん室キャラクター「市史爺(ししじい)」も登場。 清瀬市に関する情報・資料(史料)・思い出も大募集しています。
頂いた情報や思い出は、適宜ブログ内でご紹介させていただきます。
その他、ブログや市史編さんへのコメントなどお気軽に投稿フォームよりご投稿ください。

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お送りいただいた情報・コメントは本ブログ及び市史編さん事業でのみ利用させていただき、その他の目的には一切使用いたしません。



三十九の巻:「古い資料 ください!」【平成29年7月28日更新】

市民の皆さんにはホームページや市報を使って資料提供をお願いしている市史編さん室ですが、清瀬市役所内に向けても「古い資料ください。昭和も歴史だ!資料収集キャンペーン」を展開しました。

市の職員用掲示板に、キャンペーンのお知らせを載せ、「捨てないで、ください」と呼びかけたのです。

「これ、どう?」
「ください!」

「こんなのは、いらない?」
「ください!」

「ここで持っててもらえる?」
「はい!」

こうして、いろんな資料が集まってきました。
そのうち、市が刊行した昭和の資料としては、

  『清瀬市長期総合計画「緑豊かな健康と文化の市民都市」』(昭和62年)
  『清瀬市基本構想 緑豊かな健康と文化の市民都市』(昭和60年)
  『緑と清澄な大気の住宅都市 清瀬市基本計画ダイジェスト』(昭和54年)
  『清瀬市基本計画』(昭和53年)
  『清瀬市のあらまし』(昭和52年)
  『未来への目標「清瀬市基本構想」“緑と清澄な大気の住宅都市”』(昭和48年)
  『きよせまち』(昭和38年)

などなど。

この中でいちばん古かった昭和38年10月1日東京都北多摩郡清瀬町役場総務課編集発行の『きよせまち』について、少しご紹介しましょう。

発行にあたって町長、巻頭にいわく「農業と病院の街としての清瀬町から東京都のベッドタウンとして急激にぼうちょうをつづけ新しい町に生れ変ろうとしている清瀬町…その移り変りの足あとを数字を中心にして編集したのがこの『きよせまち』であります」。
『きよせまち』表紙
表紙は黒、題字は白、というモダンな装丁。
印刷所は、清瀬町野塩の「清瀬園」。

目次を見ると、面積、人口、行政、財政、教育、民生、衛生、国民健康保険、町営住宅、産業、建設、選挙、公益質屋、消防、都営住宅、水道、字(あざ)区域、という構成になっています。『きよせまち』誌面

謄写印刷、いわゆる「ガリ版刷り」の文字が誌面を温かく構成しています。

印刷所の「清瀬園」は結核後保護施設で、結核療養所を退院したあと社会復帰に向けて謄写印刷やタイプ、洋裁、簿記、臨床検査技術などの技能を、健康管理を行いつつ習得する施設でした。

清瀬園があった場所は、東京病院の北西斜め向い。現在でいうと梅園ですが、この辺りの町名変更が行われる前年の刊行物なので、住所が野塩になっているところも時代を語っています。




~・~・~・~・~・~



「市報きよせ」の記事の呼びかけにも、おかげさまで、「うちにこんな資料がありますよ」と情報提供してくださる方々があり、たいへんありがたく思っています。ありがとうございます。
市報.情報提供のお願い.jpg
「市報きよせ」7月15日号の「情報提供のお願い」を改めてここでもう一度。

市史編さん室では、市内の歴史に関するさまざまな資料を収集しています。江戸や明治の古文書はもちろん、昭和の回覧板、お店や団体の記録、日記、写真、映像など、なんでも結構です。清瀬の昔の生活についてお話を聞かせて下さる方の情報や、市内で出土した土器や石器などの考古資料も探しています。心当たりのある方はご連絡ください。 
市史編さん室市史係 電話042-497-1813

情報提供おまちしています!



三十八の巻:「広報紙でみる60年」【平成29年6月29日更新】

清瀬の古い広報紙を読んでみたい。
そう思った時に便利なのが、『市報きよせ 縮刷版』
「市報」の名がついていますが、実は「町」の時代からの広報紙が収録されています。
掲載されている中で一番古いものは昭和31(1956)年4月25日号の「町報きよせ」。
およそ60年前……広報誌って還暦を過ぎていたんですね。

今回は、そんな広報紙の夏の記事を中心に、10年毎に、60年前までさかのぼっていきましょう。


清瀬の出来事
日本レコード大賞アカデミー作品賞


2007年7月1日号1面.jpg
◇ 10年前/平成19(2007)年 ◇
   
清瀬東高校閉校コブクロ「蕾」「ノーカントリー」


7月1日号のトップを飾るのは4つの記事。
「市民課土曜窓口開放」、「進めています椅子のあるまちづくり」、「中清戸地域市民センターが7月15日にオープン」、「7月2日に清瀬市障害者就労支援センターがオープン」。

このうち「椅子のあるまちづくり」は、景観が美しく多くの人々が訪れる市内の場所に、寄付金で椅子を設置する事業です。

市内に59基の椅子を設置したことを報告するこの広報紙は、同時に、「個人の場合は、誕生祝や卒業祝い、結婚記念日や定年、還暦など様々な記念を形にする方法として、ぜひこの事業にご参加ください」と呼び掛けています。

現在では、けやき通りなどに63基の椅子が、この事業で設置されています。



◇ 20年前/平成9(1997)年 ◇
   消費生活センターオープン安室奈美恵「CAN YOU CELEBRATE?」「タイタニック」


1997年5月15日号1面.jpg
5月15日号の1面の見出しは、「市民保養施設着工」。

市民保養施設とは、長野県北佐久郡立科町に建てられた「清瀬市立立科山荘」のことです。

元々は昭和46(1971)年に「立科林間学園」を建設。
しかし老朽化などの理由から平成9年に建て替えが始まり、翌10年に「清瀬市立立科山荘」としてリニューアルオープンしました。

立科町とは「立科林間学園」の設置から交流が始まり、現在では友好都市協定を締結するに至っています。



1987年8月15日号1面.jpg
◇30年前/昭和62(1987年)◇   駅前ハイツができる近藤真彦「愚か者」「ラストエンペラー」

「生まれかわる市の玄関口」
8月15日号の堂々たる見出しの下には、「清瀬駅北口地区再開発事業が都市計画決定」という副題が記されています。

再開発事業は昭和58(1983)年から本格化し、平成7(1995)年に完成しました。
この事業によって、駅前の大きなロータリー、地下駐輪場、駅前図書館の入っているクレアビルや、男女共同参画センターなどが入っているアミュービルができました。

清瀬駅北口の再開発前、そして開発中の様子は『市史研究 きよせ』第2号の巻頭カラー頁でご紹介していますので、是非ご覧ください。




◇ 40年前/昭和52(1977)年 ◇   気象衛星センター開設沢田研二「勝手にしやがれ」「アニー・ホール」
1977年8月1号2・3面.jpg
8月1日号の2面・3面を通して報告されているのは、市民体育館・下宿地域市民センターの完成です。

市内初めての本格的な体育施設としての市民体育館、地域社会活動の拠点としての下宿地域市民センター。

この記事を読んでいくと意外なことに、その建設には、同じく下宿にある清瀬水再生センターが関係したことが分かります。

清瀬水再生センターは清瀬市を始めとした都下10市の公共下水道化を推進する計画に基づき建設されました。
この施設の建設は重要な事業である一方、そのために移転を余儀なくされる方々が出てしまいます。
そうした方々のためにも生活環境の整備が必要である、という中でオープンしたのが、市民体育館・下宿地域市民センターだったのです。



◇ 50年前/昭和42(1967)年 ◇   旭が丘団地ができるジャッキー吉川とブルー・コメッツ「ブルー・シャトウ」「夜の大捜査線」

1967年7月15日号1面.jpg50年前の、昭和42年6月には清瀬駅の南口工事が始まりました。

清瀬駅が出来た時、改札は北側にしかなく、南側へは踏切を渡っていくしかありませんでした。
しかしそれでは不便ということで、清瀬駅に陸橋ができ南口広場がつくられたのです。
この7月15日号の記事によれば、陸橋は将来、橋上駅にすることを考えた上で幅4メートルにつくられたそうです。

工事完了は、同年11月。
そして、昭和45(1970)年、清瀬駅は現在と同じ橋上駅となりました。



◇ 60年前/昭和32(1957年) ◇   清瀬中学校校歌制定(作詞は石田波郷)―(創設前)「戦場にかける橋」
1958年4月1日号1面.jpg
この年の広報紙の発行は、2回だけ。
記事も少なく選び出すのが難しかったため、ちょっとズルをして、昭和32年度に関する記事をご紹介します。

昭和33年4月1日号に、昭和32年度の清瀬中学校の卒業後進路状況調べの結果が掲載されています。

卒業生は、男子が92名、女子が66名の計158名。
このうち、就職・自業は97名で、進学は61名。
働き始めた人が約6割でした。

ただし、就職・自業と答えた人の中でも、31名は定時制に通っています。
進学・定時制を合わせれば92名。
約6割が学び続けることを選んだ、という言い方もできるのではないでしょうか。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


以上、10年単位で清瀬の出来事を振り返ってみましたが、いかがだったでしょうか。
その時代ならではの出来事や雰囲気というものが広報紙には溢れています。
「市史で候」ではこれからも、気になる記事を見つけてはご紹介していきたいと思いますので、是非ご覧ください!



※縮刷版に掲載されている一番古い広報紙には「10号」と書かれているので、実際は昭和31年よりも前からあったのと思われます。
※『市報きよせ 縮刷版』は市内各図書館で読むことができます。
※縮刷版に掲載されているのは平成元年までですが、中央図書館ならばそれ以降も現物で読むことができます。





 

このページに関する問い合わせ先

市史編さん室市史係
郵便番号:204-8511
住所:東京都清瀬市中里5-842 健康センター2階
電話番号(直通):042-497-1813
電話番号(代表):042-492-5111
ファクス番号:042-492-2415

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