市長コラム「3本の木とともに」 平成31年1月15日号から令和元年12月15日号

ページ番号1002489  更新日 2020年8月30日

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令和元年12月15日号「市報きよせ」掲載

先日、中央公園での「きよせ平和と健康まつり」に行った時、ある幼稚園の親子が何組か来ていて、私の傍に寄ってきてくれました。子ども達が私をじっと見てくれていたので、3人順番に抱き上げて母親に写真を撮ってもらいました。とてもうれしかったです。

清瀬はいろいろなお祭りが和やかな雰囲気でとても有難いと思いました。そうそう、清明小の学習発表会での、4年生全員の「下宿囃子」もとても感動しました。着物姿でひょっとこのお面をかぶって踊っている子ども達と太鼓を一生懸命叩いている子ども達、笛はおとなでしたが、子ども達の素直さが伝わってきて、涙が滲んでしまいました。

最初はこういう所から育っていって、ついには皇居前広場にたどりつくのでしょう。11月9日の天皇陛下御即位をお祝いする国民祭典であの「嵐」の歌の前の第一部で、清瀬のグループ『上和太鼓』が約3時間太鼓を叩きまくったそうです。凄い話ですね。もう一つ凄い話が東星学園小学校です。先月38年ぶりにローマ教皇が来日されましたが、東京カテドラル聖マリア大聖堂で行われた「青年との集い」に、東星小の4~6年生全員が招待され、教皇のお迎えとお見送りのために旗を振ったそうです。

38年前もローマ教皇が来日されたとき、東星と同じ系列のベトレヘム病院に老衰で入院されていたポルトガル人のゼノ修道士が教皇に招かれ、日本での社会福祉貢献に多大な称賛を受けたそうです。

やっぱり清瀬は清らかな地、清地、聖地ですね。柳瀬川に感謝です。11月に郷土博物館が『柳瀬川 縄文ロマン展』を開催しました。3,000年~5,000年前の縄文土器がたくさん陳列され、2万年前の石器時代の遺物も展示されていました。命には水が必要です。だから、柳瀬川周辺には2万年前から人々が住み着いていたのでしょう。そして、命のバトンを繰り返し繰り返し、引き受け渡してきたのです。

清瀬はとても尊いまちです。今年の「第35回私の体験・主張発表会」で十小6年のT君が学習発表会部門で『結核予防のまち 清瀬』を取り上げ、世界医療文化遺産を目指していると発表してくれました。

子ども達も清瀬の尊さを実感し始めていると思い、とても嬉しかったです。

令和元年11月15日号「市報きよせ」掲載

11月1日の市職員の勤続表彰式で、92歳の国際エコノミスト、長谷川慶太郎氏の著書『2020 長谷川慶太郎の大局を読む』(徳間書店刊)から引用し、現場が前向きに力を尽くしていくことが市民福祉の維持、向上に貢献してくと話し、長年の努力に感謝しました。

【品質の高い素材・部品をつくっている日本企業には大企業もあるが、大半は技術力の高い中小企業だ。3万社もあるといわれていて、生産額にすると世界の電子・電機産業の素材・部品の7割を担っている。これらの中小企業がアメリカや中国はもちろん他のすべての国々にもない日本の非常に大きな強みとなっている。(中略)その主役は一握りの技術者や研究者ではなく現場の工場で働いている人々だ。このような人たちは長い現場経験と深い知識の両方を持っているので、短期間には養成できない人材でもある。だから海外の企業もなかなかなか追いつけない】。

現場がとても大事です。11月3日の野塩団地秋祭り、とても楽しかったです。人生100年時代に向かって、全員が主役になっていく、それが一番わかりやすいのが踊りや歌、文化芸能です。輪になって、「炭坑節」「東京音頭」「清瀬音頭」などを踊りました。皆、とても盛り上がっていました。天照大御神が岩戸に隠れてしまったことで、世のなかが真っ暗になってしまいました。その天照大御神を岩戸から戻ってきてもらうきっかけを作ったのが、アメノウズメノミコトの踊りでした。

『古事記』の物語ですが、文化・芸能が世のなかを明るくしていくという教えではないかと思います。『日本書紀』にもその物語は書かれていますが、その『日本書紀』が編さんされて、来年が1300年目になります。そして、来年は市制施行50周年であり、東京2020オリンピック・パラリンピックが開催されます。文化・芸能で盛り上げていけば、清瀬はとても明るくなっていくと確信しています。「清瀬讃歌」を小中学校で歌っていこうと教育長と今協議しています。

やわらぎの心が通よう柳瀬川 桜並木よ しあわせを分け合いながら 水鳥も翼を洗う 和のまち 夢のまち 好きだよ 清瀬

文化・芸能で幸せを分け合えれば、明るい人生100年となっていくでしょう。

令和元年10月15日号「市報きよせ」掲載

敬老大会、すべての会場で『北国の春』の歌をピアノで弾きました。私に聞こえた一番大きな北国の春の歌声は、101歳の佐々木大先輩でしたが、すべての会場での皆さんの歌声はとても心地よかったです。何でピアノを弾くようになったかといいますと、明治時代に先祖が醤油製造業を始めて大成功しましたが、戦後は売れなくなって昭和43年に父が幼稚園に変えたことにさかのぼります。

それで大学を卒業するとき、本当はある企業に勤めたかったのですが長男でしたので、父に頼まれなくても父を助けなければと思い、幼稚園に就職したのです。しかし、女性の先生達にはまったくかないませんでした。

もう一度会社勤めを目指そうと思いましたが、その前に挑戦しなければ道は開かない、右手左手別々に動くとは思えないピアノに挑戦しようと決意し、冬の2月から早朝4時起きして2時間、仕事が終わってから2時間、日曜日は8時間の練習を半年続けました。その結果、ピアノ初級本の8割くらいが弾けるようになったのです。

不思議なもので、そのことが敬老大会でのピアノ演奏につながったのです。しかも、ピアノ教室のN先生と出会い、有難いことに、『清瀬讃歌』『北国の春』の簡単な楽譜を書いてくれました。まさに、坂村真民さんの『人生は深い縁の不思議な出会いだ』です。

本当に出会いから、いろいろなことが生まれてきます。十文字女子大学が運営してくれている高校生女子サッカー大会、8月開催の第5回清瀬市長杯もとても盛り上がりましたし、先日は日本女子サッカーリーグの十文字ヴェントスが3部リーグから2部リーグに昇格したと関係者7人で報告に来てくれました。この貴重な十文字との関係も、石山先生との出会いがスタートでした。清瀬市合唱連盟の古賀会長からもお手紙をいただきました。『清瀬合唱祭にご来場いただき誠に有難うございました。清瀬合唱祭も来年は40周年の節目となり、先人がこれまで繋ぎ続けてきた合唱の素晴らしさを、これからも繋いでいけるように努力する所存です』。

まさに、「和のまち、夢のまち、好きだよ清瀬」です。

令和元年9月15日号「市報きよせ」掲載

障害を持つ人達が生まれ育ったまちで地域の一員として自立していくために、また、何らかの理由で日中活動事業所に通えなくなっても生活できる場としての、清瀬わかば会 新グループホーム「うらら」の開所式に先日出席しました。

そこでうれしかったのは、40代くらいの知的障害の女性が私に握手を求めてきてくれたのです。会話はできなくても、心は通じ合えるものだと改めて確信しました。

ひまわり畑も心はひとつになっていくのでしょう。『異体同心』です。今回も8日間毎日行きましたが、一番耳にした言葉が『凄い!凄い!』です。12年目で10万本以上のひまわりが最高に咲き誇ってくれました。相田みつをさんの詩『うつくしいものを 美しいと思える あなたのこころがうつくしい』、実にたくさんの人の心が美しくなるひまわり畑となりました。

だから、ひまわりもメッセージを寄こしてくれたのでしょう。写真愛好家のAさんが見つけてくれた顔のような姿です。そして、見る角度を変えると『日本列島』のように見えます。

まさに、気象衛星『ひまわり』が日本列島を24時間しっかり見守っている象徴的姿です。1都16県の気象台と3つの航空気象台を統括する東京管区気象台が、7月から清瀬の気象衛星センターの敷地内に移ってきて、業務を開始した超スーパーパワーがひまわりに乗り移ったに違いありません。

仮に清瀬では、管区気象台と気象衛星センターを総合して「気象予報センター」と表現できるのであれば、結核の薬、外科手術の前の対応の仕方、【たいき えいよう あんせい】の3番目の文字を拾うと【きよせ】が現れるのと同じく、【きしょう よほう センター】の1番目の文字を拾うと【きよせ】の文字が出てきます。

さらに、清瀬に技術研究所がある大林組は、山梨県大月市に木質バイオマス発電事業を展開しています。東京都市長会で先月視察しました。今月初旬アメリカで最大瞬間風速89mのハリケーンが発生しました。地球温暖化による気象現象が激しくなるなか、バイオマス発電は温暖化を防ぐ発電です。

清瀬はとても尊い組織、人々がいるまちです。

令和元年8月15日号「市報きよせ」掲載

ラジオ体操連盟の皆さん、有難うございました。令和の時代に入って早速、東京都で今年唯一の全国表彰を受章いたしました。先日、表彰状とメダルを見せに来ていただき、とても嬉しかったです。

そしてお話のなかで、この夏休みも昨年に続いて9会場で計約250人の会員の皆さんと一緒に、小学生合計約600人が毎日ラジオ体操をするとのこと。とても実りある貴重な子育て支援です。

今私は多摩26市の市長会で総務文教部会の部会長を務めています。そのため、先日市長会として東京都への来年度予算要望を都庁で行った際、東京都教育長にも話をしました。『今後は教育がとても重要になってきます。人工知能、ロボット、スマホなどの技術がさらに進化していけば、便利さのなかに子ども達はどっりとつかり、現場現実から離れて、人間らしさがなくなっていくでしょう。小さい時に心の真ん中で本気になる体験、仲間とともに感じあう体験事がとても大切です』といったことを話しました。

私は小学5年生の時に、ある大学のお医者さんが父に『この子は心臓が悪いので20歳まで生きられません』と話したのを傍にいて聞かされてしまいました。それ以来、私は元気でしたが水泳、マラソンは全部見学となり、人生に本気になりました。

そこまでの体験を子ども達に求めているわけでは全くありませんが、とにかく大汗かいて仲間と感じ合う、それが心を育てるに違いないと信じています。だから、旭が丘団地夏祭りの、清明小の「よさこいソーラン」は見ていてとても感動します。一緒にやってみたいなと思う程ですができませんので、『いいぞ!いいぞ!』と大声で檄を飛ばしました。子ども達は、とても生き生きとしていました。

さて、大汗はかかなくても、しっかりと向かい合い、感じ受け止める、これが大事です。今年もピース・エンジェルズに、自ら手を挙げた子ども達10人が広島平和記念式典に参加してくれました。『戦争の残酷さ、悲惨さを感じて、どれだけ平和が大切か有難いかを皆に知らせたい』という使命感などを結団式の時にそれぞれ語ってくれました。清瀬の子ども達の多くが輝いています。

令和元年7月15日号「市報きよせ」掲載

1~2年ぶりに『家守』(ヤモリ)が現れました。今月2日、朝風呂に入っている時に、窓のブラインドの隙間から入ってきました。ありゃっ!と思って、お湯のなかの汚れを拾う網で捕まえ、窓の外に出しました。

何か今日はいいことでもあるのかなと思っていたら、本当に来てくれました。妻が昼に「さっき銀行でWさんに会った。娘さんはもうフランスで暮らしているそうよ。あなたがWさんに連絡をとりたいと言っていたから、携帯番号を教えてもらったわ。」

Wさんは幼稚園長の時の卒園児の母親でフランス人です。4月下旬にフランス大使館広報部から、「参事官は渋谷市長やベタニア会総長田代様からお伺いしたお話に関心を寄せております。もしお許しを頂けるものなら、5月あるいはそれ以降に貴市を訪問させて頂き、フロジャック神父の足跡や展示品、ベタニア会や感染症などの施設、観光名所を視察させて頂けますと大変うれしく存じます。」とメールを頂いていたので、卒園児のフランス人のお母さんにも手伝ってもらえれば、清瀬で結核患者や家族に寄り添ってくれたフロジャック神父の祖国フランスの大使館が大いに共感してくれると思ったのです。

でも、卒園後20年以上経ち、連絡先が分かりませんでした。妻の話の後、また自宅から離れた庭先で『家守』に出会いましたから、『虫の知らせ』を信じてフランス大使館に積極的に声をかけていきます。

令和元年の7月は清瀬にとってはラッキーセブンです。16日、約130人規模の組織である『東京管区気象台』が清瀬気象衛星センターで、気象庁本庁から移転してきて業務を開始します。自然災害、気象災害から日本を守っていく最高拠点のまちになっていきます。

清瀬は、本当にとても尊いまちです。だから、この流れに合わせて7月28日、清瀬市ラジオ体操連盟が令和元年度ラジオ体操優良団体として、東京都を代表して全国表彰されます。1000万人ラジオ体操・みんなの体操祭会場(駒沢オリンピック公園総合運動場)で表彰されます。ラジオ体操の清瀬会員は約250人。最高齢は94歳の女性です。人生100年時代に立ち向かっていくのも清瀬です。

令和元年6月15日号「市報きよせ」掲載

とても有り難いことです。JICA(独立行政法人国際協力機構)も喜んでくれました。来年4月から使われる小学校の社会科の教科書に、清瀬の結核研究所が国際協力のテーマで掲載されたことです。JICAの機関誌に載せたいそうです。

国際結核研修はJICAが57年間、発展途上国から医療関係者を呼んで研修を企画してきたのです。私がこの研修の尊さに気づかなかったら、国の緊縮財政の流れのなかで終了していたかもしれません。石川信克前結核研究所所長から、その話を聞いたことがあります。

清瀬市も一緒に共感していくことが大事なのです。6月4日、J:COMの番組「長っと散歩」のロケで「愛のあるまち清瀬」として紹介しました。6か国9人の医療関係者の皆さんをおもてなししながら、『清瀬讃歌』の「好きだよ、清瀬」のところを一緒に歌ってもらいました。

続いて、日本BCG研究所で撮影をしました。結核予防薬BCGワクチンを日本では清瀬でだけ製造し、60年近く前からユニセフをとおして世界に輸出し、現在では年に100か国5千万人分を供給しています。世界でも、日本株ワクチンはとても評価が高いのです。それだけ清瀬は世界を助けているのです。

次に日本社会事業大学(昭和21年設立)です。キリスト教の「神の無償の愛」の象徴、アガペ像の御前で、大学校歌を紹介しました。『汚濁、貪婪(欲に狂いまくる)すさぶ世に 睦ぶ 久遠の夢一つわれらは茲に 結ぶなり』です。まさに清瀬は愛のまちだから都心から移ってきたに違いありません。

ラストは特別養護老人ホーム「上宮園」に鎮座されている、1270年作上宮太子像(16歳の聖徳太子)の御前です。『聖徳太子 本当は何がすごいのか』(田中英道著・扶桑社)によれば、「和を以て貴しと為す」に聖徳太子が込めた意味について、“当時の人は「和」を「やわらぎ」と読みました。「やわらぎ」とは、日本人の非常に感性的な人間関係のやさしさ、なめらかな動きを意味しています。「やわらぎ」というのは、人間の共同体を作るときの自然の感情なのです”と解説しています。

まさに『清瀬讃歌』の4番、「やわらぎの心が通よう柳瀬川」です。本当に清瀬はとても有り難いまちです。

令和元年5月15日号「市報きよせ」掲載

5月5日こどもの日、約10年前にできた、20軒くらいの竹丘の住宅街の野外での食事会に参加しました。子ども、母親、父親で約40人近くの集いで、ほとんど初対面でしたが、いろいろと話しができて、とても楽しかったです。

自治会はできていないのですが、とても仲がよく「手をつなぎ心をつむぐ みどりの清瀬」が実現していてうれしくなりました。

まさに、「清瀬讃歌」1番の歌詞、「武蔵野の 面影のこす 赤松の森を歩けば 人の世の 濁りも消えて やさしさが この身を包む 絵のまち 情のまち 好きだよ清瀬 絵のまち 情のまち 好きだよ清瀬」の気分となりました。

さて、「令和」に加えて、清瀬では「霊和」も大事にしたいです。最近読んだ本の題名は『科学者はなぜ神を信じるのか』(講談社、2018年)です。著者は素粒子物理学が専門の三さんだ田一郎名古屋大学名誉教授で、わずか4か月で第7刷まで発行されています。「実は科学者のなかには、神の存在を信じている人が少なくありません。みなさんも名前をご存じの高名な科学者の多くが、神や信仰について熱い思いを語ってきています。最も神の領域を侵食しているかに思える宇宙論や素粒子論を扱う理論物理学者でさえ、そうなのです。国連のある調査では、過去300年間に大きな業績をあげた世界中の科学者300人のうち、8割ないし9割が神を信じていたそうです」(前掲書より)。つまり、科学者があの世はあると言っているようなものです。

清瀬には昭和23年、日本初の「東京都立清瀬小児結核保養所」が開所されました。結核の子どもたちが親元を離れて、清瀬に入院して病と闘ったのです。病の苦しさだけでなく、親と離れて生きていくことは想像を絶する苦悶、絶望の日々だったことでしょう。おとなだけでなく、子どもたちも実にたくさん清瀬から昇天していきました。あの世から、清瀬を見つめて見守っているに違いありません。

まさに、坂村真民さんの詩「忘れるな」です。「頭より足、足を忘れるな。花より根、根を忘れるな。見えるものより、見えないものを忘れるな」。

3期目も、清瀬の歴史の重大さや価値を伝え広めつつ、市民の皆さまの現実的な生活の問題解決に全力を尽くしていきますので、よろしくお願いします。「霊和」が市民の皆さまを応援してくれるでしょう。

平成31年2月15日号「市報きよせ」掲載

先月、障害者支援団体の「わかば成人を祝う会」で、溝呂木梨穂さんの本を紹介しました。母親が私に送ってきてくれたのです。梨穂さんは生後1か月で脳に重度の障害を負い、体の自由と言葉を失ってしまいました。しかし、19歳5か月の時、柴田保之國學院大學教授が言葉を紡ぎだしました。それが『らりるれろのまほう』の本です。

「私は重度障がい者で、まわりから見たら、何も考えていない、何も感じていないと思われる人だけれども、この詩は、紛れもなく、私のものだし、私の言葉です。(中略)私のように障がいのある方や、障がい者に対して理解のある方に読んでもらいたいのはもちろんですが、これまで障がい者の気持ちに関心のなかった方にも読んでいただければうれしいです。私たち、重度障がい者と言われる人たちも、同じ人間だし、同じように物事を考え、感じて生きているのだから、その存在を受け入れてもらいたいというのが、私の願いです」(溝呂木梨穂『こころの詩集 らりるれろのまほう』(Office Oharada、2015年)より)。

脳に障害があっても「魂」が存在することを梨穂さんは証明してくれていると私は信じますが、藤田紘一郎東京医科歯科大学名誉教授の解説も不思議です。「脳も腸から分化した臓器の一つです。脳には大量の神経細胞があり、身体各部に働きの指令を出していますが、その神経細胞も、もともと腸に存在していたものです。今も人の腸では、大脳に匹敵するほどの神経細胞が働いています。(中略)人類の脳を発展させた立役者は腸内細菌であり、今も脳の健康を支えています」(藤田紘一郎『50歳から若返るための1分間「腸」健康法 老化を防ぐ決め手は“腸活”です!』(ワニ・プラス、2016年)より)。「腸内細菌は、生物が人間に進化するはるか以前より、さまざまな動物の腸と共生してきた生命体です。人の生命維持に必要なことや、心身の健康増進に欠かせないことなど、私たち人間よりよほど多くを知っているでしょう」(藤田紘一郎『手を洗いすぎてはいけない 超清潔志向が人類を滅ぼす』(光文社、2017年)より)。

共生が基本です。「共生―きょ~せい―きよせ」となります。清瀬は共生のまちです。かつてフランス人が清瀬で結核と闘ってくれました。ベトレヘムの園病院を開設したフロジャク神父です。ある方を通してフランス大使に話をしてもらい、3月には清瀬市と一緒に世界医療文化遺産を目指しませんかとフランス大使館でお願いできそうです。共生の清瀬はとても尊いです。

平成31年1月15日号「市報きよせ」掲載

今年も卒園して10年以上になる卒園児達からとても嬉しい年賀状を頂きました。市内に住むM君からです。「先生がテレビで清瀬の歴史を語っておられたのを見て、園でタンポポ魂を教わったのを思い出しました。今年も邁進していきたいと思います」。

「タンポポ魂」は仏教的国民詩人である坂村真民さんの詩です。

「踏みにじられても 食いちぎられても 死にもしない 枯れもしない その根強さ そしてつねに 太陽に向かって咲く その明るさ わたしはそれを わたしの魂とする」。

ご縁があってこの詩に出逢い、平成3年から幼稚園の教育方針にしました。そして卒園式には「みんな、タンポポ魂をいつか大きくしていって幸せを撒く、幸せを運ぶ人になろうね」と語りかけてきました。タンポポの花言葉「真心の愛」です。かつての幼稚園職員からも、「今年もタンポポ魂を保育園の子ども達に伝えて、元気に明るく楽しく過ごします!」と年賀状がきました。

その他、「今年は社会人3年目になります。毎日勉強することが多く、充実した日々を送っています。先生もどうぞご自愛ください」。「お元気ですか?私は今年3月に入籍することになりました。結婚後も埼玉県におりますので、ぜひお会いしたいです」。3歳の時には自閉症だった子も成長し、「今年は高校3年になります。受験に向けて頑張ります」と年賀状をくれました。

改めて、私は幼児教育のプロ中のプロだったと振り返りました。今から28年前のポンキッキニュースには「監修してくださる先生方、東洋東大名誉教授 藤永保お茶の水大教授 新田倫義東京女子大教授 上野一彦東京学芸大教授 渋谷金太郎幼稚園園長」などと計9人で載っています。

子ども達との現場の真っ只中にいましたから、六小の鈴田君、十小の田谷さんには本当に感謝です。「第68回“社会を明るくする運動”作文コンテスト」で、都内の小学生5052作品の優秀賞14作品のなかに入り、この1月7日に授賞式があり、鈴田君は何と最優秀賞である“社会を明るくする運動”東京都推進委員会委員長(東京都知事)賞を頂きました。J:COMでの年頭挨拶の漢字一文字「躍」そのものです。

元号が変わる、大きな節目の年の初めの清瀬に、とても輝かしい花火を打ち上げてくれたかのようです。めでたしめでたしです。

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