市長コラム「3本の木とともに」 平成30年1月15日号から12月15日号

ページ番号1002490  更新日 2020年8月30日

印刷大きな文字で印刷

平成30年12月15日号「市報きよせ」掲載

先月28日、市と市内3大学(日本社会事業大学・明治薬科大学・国立看護大学校)連携事業「清瀬アカデミア」が開催されました。テーマは「人生100年時代に向けた地域包括ケアシステムの構築」で冒頭に、長源寺の一適住職のお話を伺いました。

人生100年を生きるには負の感情に囚われない「柔軟心」が大事ですと悟りのような内容でした。私はすぐ「清瀬讃歌」が浮かびました。4番目の歌詞「やわらぎの 心が通う 柳瀬川 桜並木よ しあわせを 分け合いながら 水鳥も 翼を洗う 和のまち 夢のまち 好きだよ清瀬 和のまち 夢のまち 好きだよ清瀬」です。ありがたい! 柔軟心、やわらぎの心、まさに人生100年の歌です。

そしてさらに、今年年頭のJ:COMでの挨拶、「天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず」が浮かびました。だから、「和のまち」、「清瀬讃歌」との再会が生まれたに違いないと確信しました。

この流れに合せて2日前の26日、「子育て家族まるごと支援」で全国的に知られている「NPO法人ピッコロ」と同様に子育て支援を展開する「NPO 法人ウイズアイ」が「第12回よみうり子育て応援団大賞」で全国168団体の応募のなかから選考委員特別賞を受賞し、その報告に来てくれました。

「ウイズアイ」が取り組んでいる「新米ママと赤ちゃんの会」が産後うつに効果的であることや、「つどいの広場」や「ベビーマッサージ」など多岐にわたる活動が高く評価されました。

表彰式の講評では「『ウイズアイ』は子育て支援の老舗であり、孤独なママたちに徹底的に寄り添う、子育て支援の王道である」との賛辞をいただいたそうです。まさに、市内さまざまな所で幸せの分け合いが進んでくれています。

今月6日、結核研究所からも嬉しいメールをいただきました。「先日はわざわざ当研究所までお出でいただきましてありがとうございました。海外からの8人の研修生一同感激しておりました。・・・市内女性の手作り人形を市長のメッセージ終了とともに研修生全員に渡しました。・・・毎回、皆がつい笑顔になってしまうような素敵な演出とサプライズに感謝しております。」

絵手紙の会の皆さんとお伺いしたのです。海外の人たちとの幸せの分け合いです。

平成30年11月15日号「市報きよせ」掲載

「本物は浸み込んでいく。そしていつか必ずパワーを生み出す。」という思いが強くなってきました。

チャンチャンチャン、チャンチャンチャン、チャララララッチャンチャン。「青い山脈」の前奏部分です。この曲をピアノで練習すると何かいい気分になります。昭和24年の曲ですが、小さいころからさまざまな場面で聞いていて恐らく体中に浸み込んでいるのではと思います。敬老大会でも本当に皆さんに喜んでいただきました。嬉しかったです。

さて、別な本物です。11月1日からJ:COMで放送されている「長っと散歩」で紹介しました。10月18日に取材されたのですが、不思議にタイミングが合って、85年前の10月18日にベトレヘムの結核療養農園を開設されたフランス人のフロジャク神父の日記です。「10月18日ベトレヘムの園落成式。・・・参加者の名前、香坂東京府知事、小島清瀬村村長、府立清瀬病院院長と事務長、その他大勢の医師たち、内務省高野先生・・・【府知事閣下と同じように私はベトレヘムの創立を喜んでいる。人類の一員として、もちろん喜びを持つが、特に故国を去り、家族を捨てて、何千里も国から離れた宣教師としても喜びを禁じ得ない・・・】」。本当にすごい神父が清瀬で結核と闘ってくれたのです。因みに、神父は美智子皇后様の祖母正田きぬ様を洗礼されたのです。だから清瀬の風土にはさまざまな人たちが本物の愛を浸み込ませてきたと言えます。

その清瀬について88歳になる市民の小西さんが、世界遺産アカデミーの会報誌『WHA-MR 2018 年秋号 第41号』に原稿を載せることができました。「結核に挑む街、清瀬を世界遺産に・・・当時の清瀬の人口に匹敵す5,000人もの患者を受容可能で東洋一とも評されたサナトリウム街ができました。1939年に開設された結核研究所では臨床研究の他、WHOの協力で結核研修なども行われています。世界各国から集まった研修生は延べ2,000人以上を数え、『結核の聖地・心の故郷』と慕われています・・・」。アカデミーの理事、早稲田大学名誉教授の吉村作治氏は、小西さんの話に賛同してくれるとのことです。本物パワーが生まれています。

平成30年10月15日号「市報きよせ」掲載

9月30日から10月1日の台風24号で、市内の至る所で倒木や大きな枝折れが確認されました。また、有難いことに「けやき通り」のけやきは全部無事でした。今年で通りの全てのけやきをせん定し終えた効果が正に表れた感じです。

昨年の台風では、大林組技術研究所の所でけやきが倒れて、2本で1,000万の価値のある松を倒してしまいました。ご理解頂いて数十万円の弁済でした。今後は、想定外の台風が襲来するのは毎年の如くになっていくでしょうから、直下地震や大豪雨のみならず超強風、雷などにも万全の備えが必要です。

加えて「祈り」も大事だと思います。人間は、見えない力に支えられています。それをまた明らかにしたのが、ノーベル賞の京都大学特別教授の本庶氏です。免疫細胞の力を回復させ、「がん免疫療法」に道を開きました。ちなみに、宇宙の物質、エネルギーで人類が見えているのは約5%です。見えているのは極僅かです。だから謙虚さが大事だと私は思っています。

私の祈り方の一つは、ハワイの伝統的な「ホ・オポノポノ」です。『ありがとうございます。ごめんなさい。許してください。愛しています。』この言葉を唱えて、私は毎日仏壇に、清瀬市民の安全息災、関係する組織の安全息災を祈っています。昨年の8月30日、都内で1,000発位の雷が落ちた時、私のスポーツクラブの建物屋上のバス無線のアンテナにも落ちました。その時、無線のマイクをコーチが握っていたのです。奇跡的に「しびれ」だけで済みました。

心の力もあると思います。ですので、9月19日に市内最高齢108歳で大往生された八重子さんの棺の前で21日、ご冥福を祈り、法華経を読誦しました。2日前の17日には敬老のお祝いで昨年に続いて、車いすに座った八重子さんに再びお会いし、私の話しかけにしっかりとうなずいてくれていたのです。それが忘れられません。お棺のなかで、とても安らかで、きれいなお姿でした。

さらに、敬老大会最終日に見えない力にしっかりと支えられている、100歳の佐々木大先輩が尺八を吹き、迫力ある民謡も歌ってくれました。清瀬の元気、一番の人です。

平成30年9月15日号「市報きよせ」掲載

先月下旬、非常に嬉しい驚きの話が清瀬に来てくれました。実現すれば、平成元年に、福祉に関する東大ともいえる日本社会事業大学が清瀬に移転してきた出来事と同じ現象です。来年、新しい元号になった夏に、東京管区気象台が清瀬の気象衛星センターに移転してくる計画が今、検討されています。そのことを佐々木東京管区気象台長が市長室に説明に来てくれました。

首都直下地震など災害によって、気象庁本庁庁舎での業務遂行不可能となった場合においても、東京管区気象台庁舎を災害対策本部機能の拠点として業務を継続するため、東京管区気象台庁舎を本庁庁舎と別に設置するためだそうです。

ちなみに、管区気象台は全国で5か所であり、東京管区は気象台の位置する東京都と関東甲信越、北陸、東海16県の行政域並びに地先水面の区域を管轄、16の地方気象台と羽田・成田・中部の3つの航空地方気象台を統轄しています。だから、職員は100人以上です。

気象衛星センターに加えて、管区気象台が移転してきたら、清瀬は自然災害から日本を守る最大拠点となっていくでしょう。不思議ですね、清瀬の役割。今や、40度を超える超猛暑や大豪雨など、地球温暖化がとても深刻になってきました。

まさに、亡国病といわれた結核から日本を守る東洋一のサナトリウムのまちになった昭和6年からの清瀬と同じ状況です。今や、異常気象は常態化し、人類的課題となってきました。その課題に清瀬が立ち向かっていきます。

赤道上空約3万5千800キロから地球を見守る気象衛星、ひまわり8号9号は世界最新鋭の観測能力を持っています。そしてその観測情報を使って、清瀬にある世界の気象機関のなかでは最高機能のスーパーコンピューターが、天気予報を作り出しています。

だから衛星ひまわりも、ひまわりフェスティバルを応援してくれているでしょう。大渋滞を起こさせて申し訳ありませんでしたが、今年の来場者は約15万人でした。私も毎日行きましたが、人々がひまわりを見ると笑顔になり、『笑顔が生まれる、笑顔が集まる清瀬』を実感しました。来年は円滑な運営を展開し、衛星ひまわりにも『愛慕(ひまわりの花言葉)』を送れればと思います。

平成30年8月15日号「市報きよせ」掲載

先日の日曜日また、セミが突然、私の右胸に直線的に飛び込んできてしっかりととまりました。えっと思い、セミの顔を見たら、セミもオレンジ色の瞳でじっと私を見つめました。「おいおい、逃げないの?」何か不思議だなと思い、「ありがとう」と声を掛けました。その後、体を動かしたら、すぐ傍の木に飛び上りました。

あっ、そうか! 故星野前市長のメッセージか。実はセミとの出会いの前約2時間、園長をしていた幼稚園のホールで『清瀬讃歌』の練習に集中したのです。

何故練習したかというと、青少年問題協議会第2地区委員会の10月の「青少年の集い」で、特別支援学校の生徒達と一緒に演奏してくださいと関係者に依頼され、「ふるさと」の他にもう1曲ということで「じゃあ、『清瀬讃歌』に挑戦するか」と1月に約束したのです。

そして7月、生徒達から手紙がきました。『渋谷金太郎さんへ 本番で一緒に演奏させていただくことを楽しみにしています』。『しちょうさんへ しちょうさんのピアノたのしみにしています』。『しぶやきんたろうさんへ すきだよ清瀬を毎日練習しています』等々です。手紙を読みこれはしっかり練習しなければと気合が入り、練習したのです。

実は『清瀬讃歌』は平成9年、星野前市長が当時の日本社会事業大学の京極高宣学長の協力を得て、市の幹部職員が製作費用を負担して作られたのです。だから、作詞は日本作詩大賞などを受賞されている「星野哲郎」氏、作曲はNHKの大河ドラマのテーマ曲や尾高賞などを受賞されている「池辺晋一郎」氏です。超一流の作詞作曲です。

  1. むさしのの おもかげのこす あかまつの もりをあるけば ひとのよの にごりもきえて やさしさが このみをつつむ えのまち じょうのまち すきだよ きよせえのまち じょうのまち すきだよ きよせ
  2. じんせいを このよにささげ いきてゆく ひとのつよさよ やみをやく ひのはなまつり ほこらかな ねがいが こもる じのまちあいのまち すきだよ きよせ じのまち あいのまち すきだよ きよせ(3、4番割愛)

職員の話では星野前市長は亡くなる前にも、『清瀬讃歌』を聞いていたそうです。やっぱり、セミかな?

平成30年7月15日号「市報きよせ」掲載

7月5日、港区白金にある学校法人北里研究所と【結核と闘った清瀬の尊い歴史】を世界遺産にしていく協力協定に調印しました。日本最初の結核専門病院を明治26年に開設したのは北里柴三郎博士です。翌6日には、水道橋にある公益財団法人結核予防会と、同様に協定を結びました。

改めて申し上げますが、当初私にとって政治は人生の目標ではありませんでした。故星野前市長に11年前に後継者になってほしいと頼まれた時には断りました。が、しかし4年後、関係者の皆さんの前で直接指名されたため、もう逃げられないと覚悟しました。

子ども達と全力で関わっていた幼稚園長を退任した時は3日間、心の真ん中がとても淋しかったです。そして、お天道さんに誓いました。『わかりました、お天道さん。これからは公のために、自分の人生を差し上げます』。だから、選挙で当選しても喜びは全くありませんでした。いよいよ恐ろしい責任を抱えたと覚悟しました。

私は清瀬の世界遺産の考えなど全くありませんでした。結核で清瀬から昇天した無数の魂が『先人の私達が味わった闇の時代、苦しみの人生に気が付きなさい。だから、もう結核であなた達は闇、苦はないの、世界の幸せが築かれているのよ』と、メッセージを送り続けてきたのでしょう。【サナトリウム残影―高三啓輔著】には、『結核の蔓延は、歴史としては悲惨というほかはない出来事だった。清瀬病院の重症者が入った個室の壁には「人の世の流れの果てや清瀬村」という、呪いのような言葉が刻み込まれていた。清瀬の駅では、先の写真で見たような母娘の哀切な風景が展開された。言葉では尽くせない数多くの悲運、悲惨が繰り返された。』と書かれています。

患者に寄り添う医療関係者も、宇宙服のようなものはない時代で、空気で感染してしまう結核ですから、『愛と勇気と使命感』がなければ治療できなかったでしょう。94歳になる結研の島尾忠男先生も、あばら骨を7本ぐらいとって手術されたそうです。

その清瀬の愛が結核研究所、BCGワクチン製造、JICA、ユニセフ、WHOなどをとおして世界を結核から守り、健康と平和を築いてきているのです。

平成30年6月15日号「市報きよせ」掲載

大きな光の輪が現れました。しかも現れたのが、コミュニティプラザひまわりでの清瀬市シニアクラブ連合会 春のスポーツ大会の開会式で、「清瀬全体にいいものを持ってきてくださいと、私はお天道様にお願いしているのです。」と挨拶をした約5分後です。あまりのタイミングの良さにとてもびっくりしました。「持ってきているよ。清瀬育ちの是枝監督がカンヌ映画祭の最高の賞、つまりはノーベル賞と同等レベルの賞を頂いたでしょう。」と、メッセージを寄こしてくれたかのようでした。

このことをきっかけに、お天道様が清瀬を祝福してくれていると思うようになりました。

材料は他にもあります。世界最新鋭の気象衛星、ひまわり第8号・9号が送ってくる情報を具体的な天気予報にまとめるスーパーコンピューターが今月新しくなり、1秒間に800兆回の計算ができる、世界で10台くらいしかないものとなります。

さらには、まったく知らなかったことを気象衛星センターの宮本所長が教えてくれました。JICAと協力して、国際気象研修を清瀬で10年以上続けてきているのです。結核研究所の国際結核研修は、今年で56年目です。人類の幸福に関する研修を2つもやっているまちは他にはないと思います。

これはもう20万人を想定していないと大パニックになってしまうでしょう。台風の直撃をくらったら別ですが、昨年12万人を超えているのですから、用意周到に『清瀬ひまわりフェスティバル』を準備していく必要があります。

もう1つの祝福は、学校法人北里研究所と清瀬市との連携協定です。この協定は、市が進めている結核療養の歴史等に係る将来的な世界遺産登録に向けた取り組みにあたって、北里研究所と連携を図ることにより、その幅を広げ、取り組みの一層の推進に寄与することを目的とするものです。これも、実現の可能性が高くなってきました。

何故、私が北里研究所との連携を発意したかというと、法隆寺の大野管長からの助言です。私の遠い親戚が管長と親しい間柄で、その親戚に清瀬は聖徳太子の教えを一番実践しているまちだと誇ったことが、管長との出逢いを生みました。清瀬は本当に尊いまちですね。

平成30年5月15日号「市報きよせ」掲載

今月1日、知人から喜びのメールが届きました。『いつもありがとうございます。5月1日、11時07分、娘が長女を無事に出産いたしました。ご報告いたします。』嬉しいですね。おめでとう!

続いて3日は大発見です。清瀬にも何と! 閻魔大王がいました。屏風に描かれている大王ですが、5月3日の東京都指定文化財の『ふせぎ』作りの時に円通寺の青木ご住職が見せてくれました。清瀬の西、野塩の円福寺にはお釈迦様が鎮座され、東の下宿、円通寺に閻魔大王です。両寺の傍らには八幡神社もあり、とても有り難い組み合わせです。円通寺から円福寺に歩けば、福に通じ、円満(幡)な人生になるという『ふせぎ』からのメッセージでしょうか。

江戸時代から続く藁で編む16mを超える大蛇づくり、村人を病魔から守ると観音様に誓った『ふせぎ』は、蛇が巻きついた杖を使っていたギリシャ神話の医学の神様にも繋がるものです。

昨年も大蛇と一緒に、5~6mの中蛇を作っていただき、東京病院に飾らせてもらいました。市民を病魔から守る『ふせぎ』を市内各所に祀れば、円満なる人生を送れる市民の人が増えていってくれるでしょう。

さて、『ふせぎ』は現代医学にも繋がっています。とぐろを巻いた蛇は腸の姿に似ています。8月4日に清瀬けやきホールで講演していただく藤田紘一郎東京医科歯科大学名誉教授の著書に『人の命は腸が9割』があります。「(前略)私たちの腸には、2万種類、1000兆個もの腸内細菌が棲んでいます。彼らは、私たちの腸に棲む『もう一人の自分』です。(中略)腸内細菌叢を遺伝子解析すれば、個人を特定できるほどです。この『もう一人の自分』が、人の命によくも悪くも多大な影響を及ぼしています。腸内細菌が弱れば病気が起こり、腸内細菌が強化されれば病気が遠ざかっていくというほどに、人の生命力に大きく関与していることが、近年、さまざまな研究によって実証されているのです。」「(前略)腸の健康を築く具体的な方法としては、私は『食前キャベツ』をみなさんにおすすめしています。」

新鮮野菜が直売所にある清瀬、講演会が楽しみです。

平成30年4月15日号「市報きよせ」掲載

平成30年度スタート4月1日の初仕事は、アミューでの『東京土建一般労働組合清瀬久留米支部第50回定期大会』への出席でした。

挨拶で「建築土木、農業などの生業の生態系はとても大事です。いわゆる現場仕事です。地震は必ず来ます。その時に、現場機能、生業の生態系がしっかりしていれば、復旧復興は速やかです。

そしてさらに、人工知能、ロボット、スマホなどの技術が進化していけば、人間は現場から離れていき、人間は人間でなくなるでしょう。だから、木工教室などで現場感覚を子ども達に育てていくのがとても大事です。私はこれからも現場を大事にしていきますから、よろしくお願いします」といった話をしました。

そして、その夜ある飲食店で、5歳くらい上の幼馴染のとび職人の親方に出会いました。「金ちゃん、あっ!市長」と呼び、5~6回抱きつかれて、しかも、頬までくっつけられました。どうしてそんなに懐かしがってくれるのだろうと思いましたが、後で気が付きました。午前中の土建の話の余韻、雰囲気が残っていて、職人仲間だと感じてくれたに違いないと思いました。

実は、4月1日の午後にもう1つありました。私が実質上のオーナーである3つの組織の辞令交付式で、50人の職員への1時間講話のなかで27年前のフジテレビのポンキッキニュースの取材記事を見せました。

【水道の水でスプーンを洗っている時、子どもが流れ落ちる水を見ながら、「ほら、お水が滑っていて楽しそう」。そういうアニミズムというか、物や植物とかを生きているようにとらえる、思いを寄せるのが子どもなんです。こういう言葉を受け止めてあげられれば、花を踏みつけにしたりするような子には育たないと思います】。

現場に向かい合う、しっかりと感じる、これが大事だと訴えました。

さて、1日今年3度目の結婚式が湯島天神で挙げられました。2人とも市職員です。嬉しいですね。平成31年度の元号はおそらく、もう使われないですから、善き結びの年度スタートになりました。21日にも青山の教会で、私の園長時代の卒園児の結婚式に呼ばれています。喜びは続きます。

平成30年3月15日号「市報きよせ」掲載

2月、私が幼稚園長時代の卒園児同士の結婚式に呼ばれ、3月には花婿が卒園児、4月にも花婿が卒園児の結婚式に呼ばれています。さらに、4月・6月には、卒園児3家族の出産予定があります。加えて今年の元旦には、私の娘、弟の娘が入籍しました。まさに、【喜べば喜び事が喜んで喜び連れて喜びに来る】そのものです。

そして、3月3日は、子育て介護・家族まるごと支援のNPO法人ピッコロが参加する「関東エリアホームビジター交流研修会」に呼ばれました。

ホームビジターとは赤ちゃんを授かった家庭の要望に応じて、親体験を持つ先輩達が研修を受けた後、ボランティアで子育て支援に行く制度です。イギリスが発祥ですが日本に初めて取り入れたのは清瀬の「ピッコロ」です。

有難いことに、ピッコロ誕生とほぼ同じ時期に助産師さん達が中心となって立ち上げた子育て支援のNPO法人「ウイズアイ」もあります。だから、日経BP総研の自治体子育てランキングで清瀬は全国で何と!13位に入っています。

さて、研修会には2時間ほど参加しましたが、山梨、千葉、神奈川県や都内から集まった70数人の雰囲気がとてもよかったです。私は冒頭で【授かった命、生まれ出た命の親子を支援していくのですから、ホームビジターを私なりに表現すれば、まさに「天使のお手伝い」です。本当の少子化対策です。有難うございます】などと挨拶しました。

「おっぱいのうまみも、グルタミン酸。手づかみ食も大事」などなど、栄養士さんの楽しく充実した研修内容でした。

ところで、手づかみ食は汚くありません。東京医科歯科大名誉教授藤田紘一郎博士の最新の本が『手を洗いすぎてはいけない 超清潔志向が人類を滅ぼす』です。その本に【腸は人体最大の免疫器官であり、免疫力の約七割を腸がつくっています。それを支えているのも腸内細菌の役割です。(中略)多様性に富む腸内フローラを築くには、(中略)生後一年のうちにどれだけ「バッチイ」ことができるかです】とあります。8月に藤田先生に講演して頂きます。ノーベル賞の大村智教授の微生物から力を借りた話とピッタリです。

平成30年2月15日号「市報きよせ」掲載

改めて、清瀬スピリッツ(清瀬の心、魂)に出逢い、深く感動しました。岳友会の新年会での事です。Bさんという女性が教えてくれました。「以前、清瀬駅の改札で若いカップルの会話を耳にしました。男性が女性に『清瀬は高齢の人や、障害を持つ人が多いから、掻き分けて歩いてはだめだよ』と言ったのです」。

何気ない会話に、周囲の人に思いを寄せる心がしっかりと入っています。他にも、新年の挨拶に来られた福祉施設関係者から、清瀬スピリッツを感じました。都内から清瀬に通勤されている方の話です。「都内では車椅子の方がバスに乗る時、運転手さんが対応しますが、周囲に時間の遅れでイライラした表情を見せている乗客がいます。清瀬ではそのような表情を見たことがありません。運転手さんの対応もとても丁寧です」。
もう一つ、3~4年前に、複十字病院の先生からも患者さんの話を聞きました。「酸素ボンベを持っていながらも、清瀬の駅に降りるとホッとする。我が家に帰ってきたみたいだ」と言われたそうです。

まさに、清瀬スピリッツが本物で、市民の皆さんに根付いているからこそ、日本社会事業大学が平成元年、清瀬に移ってきたに違いありません。それが校歌に現れています。【汚辱 貪婪 すさぶ世に 睦ぶ久遠の夢一つ われらは茲に結ぶなり 社大 社大 おお われら】です。仲睦まじいのは清瀬が一番だから、ここ清瀬に移転してきたと私は確信しています。

ところで、今年は明治改元から150年です。そして、明治天皇のお名前は【睦仁】様です。有難いご縁で、清瀬には明治35年創立で今年、移転20年目の明治薬科大学があり、『睦ぶ夢』もあります。加えて、畏れ多いことに私の家にも明治天皇の直筆を印刷した、当時の宮内庁から下賜された『睦』の掛け軸があります(金太郎曽祖父は明治時代に醤油製造業を始め、大正時代に関東地区醤油品評会で三等と二等を受賞しました)。

前号で孟子の【天の時は地の利に如かず 地の利は人の和に如かず】を引用しましたが、正に『睦み合いの清瀬スピリッツ』を大事にしていけば、天地が清瀬を応援してくれるでしょう。【遠く病めば銀河は長し 清瀬村】今年は石田波郷俳句大会10年目です。

【お詫びと訂正】

市報きよせ1月15日号で佳作に選ばれた児童を男子児童と記載しましたが、女子児童の誤りでした。お詫びし、訂正いたします。

平成30年1月15日号「市報きよせ」掲載

大変嬉しいです。清瀬第三小学校5年生女子児童が社明運動の作文コンテストで東京都公立小学校校長会会長賞を先日5日に頂きました。十小男子児童も佳作16作品に選ばれました。

その女子の作文の一部を抜粋します。まず題名は『人とのつながりが明るい社会をつくる』です。【・・・ただ、い場所がないというのは、だれかがその人を思う気持ちがなかったということです。一人でもその人の立場になって話を聞いていればちがったのではないでしょうか。私は車に道をゆずってもらうという小さな思いやりもうれしいです。なやんでいる時やこまっている時に思いやってもらうと、ここにいていいんだ、生きていていいんだという気持ちになって安心します。人を思いやるのは、時には自分が苦になることもありますが、その時には自分を思ってくれる人に相談できれば、つらい気持ちも晴れるでしょう。・・・おたがいをみとめ合って大事に思うことが、社会を明るくする第一歩だと思います・・・】。

とてもありがたいですね。未来を担う子ども達が確実に育っています。清瀬は国が亡くなると恐れられた結核と日本で一番闘った街です。無数の人達が生死に向かい合いました。その歴史が人間を育てる社会的土壌を作ってきています。

だから、孟子の言葉も天から降りてきてくれたと思います。身近な人が昨年末、公認会計士試験に合格したものの、ある監査法人の面接で39歳では採用できませんと言われて再び怯えて私に相談してきました。「他にも会計士の会社はあるでしょう。探してみなさい。」と言って調べさせたら、別の会社のホームページを開いてきました。その社の方針にあったのです。【天の時は地の利に如かず(及ばない)、地の利は人の和に如かず】。私が今年の漢字一文字を「天」と選んだら、すぐこの孟子の言葉と出会ったのです。

人の和が最も重要だ。人の和を築いていけば地の利も、天の時も動いて人を幸せにしていくと私は思います。これに呼応するが如く、『人とのつながりが明るい社会をつくる』の作文が5日法務省で表彰されました。

本年も更に、手をつなぎ心をつむぐ緑の清瀬を築いていきましょう。

より良いウェブサイトにするために、ページのご感想をお聞かせください。

このページに問題点はありましたか?(複数回答可)
このページの情報は役に立ちましたか?
このページは見つけやすかったですか?

このページに関するお問い合わせ

秘書広報課広報広聴係
〒204-8511
東京都清瀬市中里5-842 清瀬市役所2階
電話番号(直通):042-497-1808
電話番号(代表):042-492-5111
ファクス番号:042-492-2415
お問い合わせは専用フォームをご利用ください。