きよせ結核療養文学ガイド ブンガくんと文学散歩 <福永武彦 3. 東京療養所の日々>

ページ番号1009227  更新日 2024年2月2日

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木のはのライン

福永武彦 3. 東京療養所の日々

B ブンガくん O 樹の上の声(オナガ)

B 福永と同じ病棟に、石田波郷っていう人がいたっていう話。東京療養所には、小説家だけじゃなくて、俳句を作っている人もいたんだね。

O 波郷は俳句の世界で名が通っていて、この当時、福永よりも知名度が高かったんだ。波郷については積もる話があるから、またの機会に話そう。
波郷と福永のように、分野の異なる文学者がまとまった時間を同じ療養所で過ごしていたこと、これは清瀬の結核療養所の大きな特色と言えるね。

B そっかぁ。同じ病棟にいたら、廊下とかで会いそうだよね。朝から晩まで、寝てる間も同じ建物の中にいるんでしょ。濃いなぁ。いろんな文学者の交流かぁ。

オナガのイラスト

O キュイ。文学史的に見ても興味深い。文学関係だけでなく、いろんな分野の人の交流があったんだ。ちなみに、同じころ、同じ病棟に、のちの直木賞作家・結城昌治(ゆうき しょうじ)もいたんだよ。彼が療養所を出たのち小説を書くようになったのは、東京療養所で福永や波郷と出会い、文学的な経験をしたことが大きく影響しているんだ。ギュイ。

B えっ!?な、直木賞作家も清瀬の療養所にいたの!?す、すごいじゃん!

O ほかに芥川賞作家もいるんだが、考えてみると、当時の清瀬の病院街は、非常に文学的な場所と言って良いね。

B いいね!

『福永武彦新生日記』表紙

O 『福永武彦新生日記』という本がある。福永の日記をまとめたものだ。1949年1月1日から7月15日、1951年12月10日から1953年3月3日までのものが収録されていて、まさに東京療養所日記。これを読むと当時の福永の行動や療養所のようすがよくわかる。「夕食後六番室に石田波郷さんを見舞ふ」なんていう一文もあるし、「小説について構想」という記述もある。

B 日記が本になっちゃうなんて、すごいね。

O その本のなかにも出てくるんだが、療養所の文学的体験として、入所者たちの手で、さまざまな文学同人誌も発行されていたんだよ。ガリ版刷りの小冊子でね。東京療養所で福永も『ロマネスク』や『群青』といった院内同人誌に作品を発表していたんだ。

B 療養所の中で同人誌を作ったりなんてできるんだ! けっこう自由だったってこと?

O 起床、検温、食事、安静時間、消灯時間などは決まっていて、療養所の生活は規則正しいものなんだけど、日課の合間に、病状によっては自由に過ごせる時間もあったんだ。療養所に入って院内のサークルで初めて俳句や短歌を詠み、同人誌に作品を発表した人たちもいる。みんな結核を患っていて死の影が身近にあるなかで、それぞれに自分の内面を見つめていた。内にある思いを書き出して作品にすることが、励みになっていた面もあるんだ。技巧の問題じゃなくて、心打つ作品がある。

B そっか、療養所の同人誌でしか読めない作品があったら、レアものだね。

O そうなんだ。福永にも、そういう作品がある。こうした療養所の同人誌でしか味わえない作品というのは、文学的に、たいへんに、た~いへんに、価値がある。

B 清瀬の療養所の同人誌、すごいじゃん! 清瀬で結核療養しなかったら生まれなかった作品もありそうだね。

O キュイ、その通り。福永が療養所の生活を振り返って書いている文章にこんなのがある。

療養所の生活は当時はなかなか規律が厳しく、安静時間中や消灯燈後には勝手なことは許されなかったから、結局は物を書くよりは物を思う時間の方が多かったということが出来る。
(「序」『福永武彦全集 第三巻 小説 3 』)

B 安静時間っていうのは、特別な時間が決まってたの?

O 午後1時から3時までは、安静時間と決まっていたんだ。ベッドに横になって静かに過ごしなさい、という時間だ。
午後のこの時間に眠ってしまうと、夜、寝られなくなるから、眠らないように。消耗するから考え事もしないように。そうは言われても、思いはめぐる…。
この時間帯は、病院街全体が静まり返ったというね。

B へえぇ、清瀬の病院街で、何千人もの人が療養所のベッドに横たわって、それぞれに静かにいろんな物思いの時間をすごしたのかぁ。すごいことだな。その時間の病院街の空気には、いろんな人の思いが漂ってたんだね。

O ほお、ブンガくん、なかなか詩的なことを言うね。福永の場合、療養所での「物を思う時間」に構想した小説が彼の代表作になっていく。「草の花」、夜の三部作と言われる「冥府」「深淵」「夜の時間」、そして「幼年」、「死の島」といった作品だ。

B 清瀬の東京療養所での生活があったから、結核がよくなった後にいろんな小説が書けたんだね。福永さんにとって、清瀬って、かけがえのない時間を過ごした場所だったんだ! 清瀬の療養時代を描いた小説もありそうだね。

O キュ~イ キュ~イ、あるぞ、あるぞ、ブンガくん! 清瀬の東京療養所がモデルになった「草の花」という小説がある。さっきから何度か名前が出ている、福永の代表作だ。
次回はこの「草の花」の話をしよう。

 

ブンガくんイラスト

木の葉のライン

(書影)
福永武彦『福永武彦新生日記』新潮社刊 平成24年11月
 

(引用)
福永武彦「序」『福永武彦全集 第三巻 小説 3 』 新潮社 昭和62年10月

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