きよせ結核療養文学ガイド ブンガくんと文学散歩<石田波郷 2. 胸形変・惜命>
石田波郷 2. 胸形変・惜命
B ブンガくん O 樹の上の声(オナガ)
B 波郷さんは、東京療養所にいるときにも、たくさん俳句を詠んだんでしょ?
O ああ、もちろんだよ、キュイ。詠んだ、詠んだ。詠んだとも! 花や緑のことだけじゃない。病気と、自分と向き合って、たくさんの句を詠んだんだ。
B 本も出したの?
O 波郷の療養俳句というと『惜命(しゃくみょう)』が有名なんだが、まだ東京療養所にいる間に出た『胸形變(変)(きょうぎょうへん)』という句集もあるんだよ。昭和24年11月、松尾書房というところから、文庫版で出ている。今はもう絶版で、古本屋さんでかろうじて手に入るかな、という貴重品だ。
B 「きょーぎょーへん」っていうの?「胸の形が変」なんて、変わった名前だね~
O 波郷は胸郭成形の手術を受けているね。手術の様子を詠んだ、こんな句があるんだ。
当時、局所麻酔で行われた手術の体験を詠んだもので、句集の名前もここからとったんだね。
B えええーーーっ、手術って、麻酔ですっかり眠ってるあいだにするんじゃないの?!起きてるのに切られちゃうの?怖すぎる!
O 全身麻酔には、それなりの設備や技術が必要なんだが、波郷が成形手術を受けた昭和23年ごろには、まだ整っていなかった。だから、波郷の手術は、こんなふうだったんだ。
(「胸中の球」『清瀬村』)
B す、す、すごい・・・すごすぎる。
O 「胸形変」という言葉はおそらく波郷の造語だろうと言われている。句集『胸形變』は、入院してから詠んだ中から二百句ほどを選んでまとめたものだが、「成形日決定」という小扉を開けて最初に目に入るのは、次の句だ。
B 手術したら切っちゃう肋骨を抱きしめちゃうって、なんか、切ないなあ。カッコつけたいぼくなんか、ちょっとこんなふうに言えない気がする。波郷は勇気あるんだなあ。
O 『胸形變』の句は、『現代俳句』昭和24年1月号と4月号に発表した「成形前後」と「屍(かばね)の眺め」の句を中心に、清瀬で詠んだ句を選んだものなんだ。『現代俳句』に載った自分の句について、波郷はこんなふうに書いている。
(「巻末小記」『胸形變』)
B 直球、なんだね。なんか、俳句って、きれいなものを綺麗に詠むのかと思ってたけど、そういうことを超えてる迫力があるね。さっきの「たばしるや~」の句なんか、手術のようすを聞くと、すっごい勢いで迫ってくるよ。
O ブンガくん、なかなか鋭いじゃないか。結城昌治が同じことを言っているよ。波郷の句は、花鳥諷詠に逃げることなく、生き死にをまともに見つめたところから生み出された句なんだ、とね。
B 『胸形變』に二百句か。『惜命』っていう句集は?
O 『惜命』には、昭和23年3月に出した句集『雨覆(あまおおい)』以降の句を収録する、と『胸形變』のあとがきにある。
B ってことは、『胸形變』の句は、『惜命』に入ってるの?
O そうだね。『胸形變』も『惜命』も、本そのものは、もうなかなか手に入らないけど、収められた句は、石田波郷全集の「惜命」で読むことができるよ。目次を見てみようね。
B るいそう?
O 羸瘦は「衰えやせること」。入所したころ、波郷は弱っていたから、体力が戻るまで手術もできなかったという話をしたね。
「惜命」の句は時系列になっていて、東京療養所での日々の様子をたどることができるんだ。「羸瘦」は「療養所」の次に来るんだが、こんな句がある。
B 熱があって苦しい波郷さんが、病室のなかにいて、夕立にぬれる雑木林のようすを見てるんだ。夕立のシャワーを浴びてる楢や栗や櫟のこと、うらやましいなあと思ったかもね。
O なーるほど。そうかもしれないね。続く「凡に見ず」にあるのは、こんな句。
次の「肋あはれ」には、さっき紹介した「鵙(モズ)の朝肋あはれにかき抱く」の句がくる。「鵙」は秋の季語。いよいよ「成形」だ。
B そうかあ。ふんばって夏を越して、いよいよ手術の秋を迎えるんだね。目次に「成形」っていう字が入ってるのが3つ、これ、手術のことだよね。『胸形變』にあった「屍の眺め」も入ってる。「ベトレヘムの鐘」っていうのは、きっとベトレヘムの園にある教会の鐘のことだね。
O 「ベトレヘムの鐘」の最後にある句がね、実に美しいんだ。
B うわあ、絵のようだね。緑に包まれた季節に入所して、もう冬を迎えてるんだ。「惜命」は波郷さんの東京療養所俳句ダイアリーって感じだね。
O 続く「屍の眺め」の最初の句はこれだ。
B え、それって、「草の花」にも出てきた、あの裏門のこと?
O そうだよ。波郷も療養所で隣り合わせにある「死」を感じながら、「生」を見つめて句を詠んでいたんだね。『惜命』の刊行は、退所した昭和25年の6月だけど、巻末の「『惜命』余禄」の日付は昭和25年1月28日で「清瀬村にて」とある。波郷は『惜命』の原稿を整えてから退所したんだね。だから、『惜命』は、清瀬で詠み、清瀬でまとめた句集と言える。
B 「惜命」には、中央公園の句碑にある2つの句も入ってる?
O 七夕竹と銀河の句だね。入っているよ。
東京療養所で波郷と同じ部屋になって、一時、俳句にのめりこんだひとりに結城昌治がいる。のちの直木賞作家だけどね。その結城が晩年、振り返って語っている中に、こんなくだりがあるんだ。
(結城昌治『死もまた愉し』)
療養所の中でも、七夕や正月、節分の豆まきなど、季節の行事は病棟の生活に彩を添えていたんだね。七夕の竹が飾られていて、そこに吊るされた短冊のひとつに「惜命」という文字があった。波郷はそれを見てしまった。それを詠んだ。結城の回想も知るといっそう、波郷の生きようとする思いを感じるね。
B そうだね。銀河が出てくる句は?
O この句だね。これは「惜命」の補遺に入っている句だ。この句については、波郷自身が書いたものから引いてみようね。
(「銀河」)
B そっか、あの句碑にはそういう句が刻んであったんだね。改めて見ると、俳句が浮き出してくるようだよ。この句碑って、ずっと前からあるの?
O 句碑は平成25年(2013)に、波郷生誕百年を記念してたてられたんだ。清瀬では、波郷の名前を冠した「清瀬市石田波郷俳句大会」が平成21年から毎年行われていて、特に若手俳人の登竜門としての地位を確実なものにしているんだよ。
B 清瀬はきっと、波郷さんにとっても、思い出深い、特別なところに違いないね。そして、波郷さんの句が、のちの人たちを結び付けているんだね。
あ、そうだ。ぼくもジュニアの部に俳句、出さなくちゃ!
(書影)
石田波郷『胸形變』松尾書房 (千代田区富士見町)昭和24年11月
石田波郷『惜命』作品社 (中央区銀座)昭和25年6月 限定版の函 句集の表紙は白無地和紙張
*書影はいずれも、掲載にあたり著作権者をたどるためにできる限りの努力をしましたが、果たせませんでした。許諾を得られないままですが、当時の書籍の様子を知っていただきたい思いから所蔵本の書影を掲載しています。情報をお持ちの方がいらっしゃいましたらぜひご教示ください。(清瀬市企画部市史編さん室:ページ下部「お問い合わせ先」あてご連絡ください)
(引用)
石田波郷「惜命」『石田波郷全集 第二巻 俳句 II 』角川書店 昭和46年5月
掲載の句はいずれも「惜命」所収
石田波郷「胸形変」『清瀬村』 四季社 昭和27年11月
石田波郷「巻末小記」『胸形變』 松尾書房 昭和24年11月
結城昌治『死もまた愉し』講談社文庫 平成13年12月
石田波郷「銀河」『石田波郷全集 第九巻 随想 II 』 角川書店 昭和46年8月
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