きよせ結核療養文学ガイド ブンガくんと文学散歩 <郷 静子 1. もうひとりの芥川賞作家>
B ブンガくん O 樹の上の声(オナガ)
郷 静子 1. もうひとりの芥川賞作家
B 吉行のような芥川賞作家まで、清瀬で入院していただなんて、 びっくり!
O そうかい? 清瀬で入院していた芥川賞作家はね、ブンガくん、実は吉行のほかにもいたんだよ。
B えぇーーそれは驚きだ!
O さすがに入院中の受賞ではなくて、のちの、芥川賞作家だけどね。
B 芥川賞を入院中に受賞した作家がいて、のちの受賞作家がいて、すごいね、清瀬の病院街!
O のちの芥川賞作家というのは、郷 静子(ごう しずこ)という女性作家で、「れくいえむ」を発表して昭和48年に芥川賞を受賞している。
B へぇ、女性作家も結核で入院していたんだね。知らなかった。
O 郷が芥川賞を受賞したときには「主婦作家」なんて呼ばれて、いろんなメディアにも取り上げられたんだが、その後、作品を多くは発表しなかったこともあって、知名度はそれほど高くないかもしれないね。
B そうなのかぁ。でも、清瀬で入院していた作家だし、一度読んでみたいな。郷さんは、どんな人なの?
O 郷静子は、昭和4年の横浜生まれ、横浜育ちだ。子どものころから読書が好きだった。でも、両親は娘が本を読むことを好意的に思わなかったらしい。
B 読書が褒められないなんて、信じられな~い! ぼくなんか、本を読みなさい!ってガンガン親から言われるのにな。
O 女の子は家のことができればいい、という時代だったんだね。両親がそんなふうだから、本を買ってほしいと親にねだった記憶はないそうだ。本は友達に借りて、隠れて読んでいたそうだよ。
B そっかぁ。隠れてでも本を読んでたなんて、郷さんはよほどの読書好きなんだね。
O ちなみに、そのころの郷は、吉屋信子の『花物語』のような少女小説を好んで読んでいたらしい。将来小説家になりたいと思っていて、鶴見高等女学校の学生時代には、少女小説などを密かに書いて楽しんでいたようだよ。
B へぇー、そのころから小説家志望だったんだね。やっぱり芥川賞作家になる人は、学生時代から違うねぇ。
O といっても、何がなんでも小説家になりたい、というより、なんとなく小説家に憧れる、っていう程度だったようだけどね。小説を読むのも書くのも、楽しくてしかたなかったようだ。だけど、そんな楽しい状況を一変させたのが、戦争だったんだ。
B 戦争か… この時代の人の転機には、戦争が必ず関わってくるね…。
O 当時の人たちにとって戦争は、きっと、計り知れないほど大きなことだったろうね。郷も、昭和19年から20年にかけて、勤労動員で神奈川県川崎市の東芝堀川町工場で働くことになるのだけれど、そんな中でも友達から本を借りてたくさん読んでいたらしい。そのときのことを、次のように振り返っているよ。
(「ブンガクへのはるかな道ー文学学校まで」)
B いつ空襲で焼けてしまうかわからないときだから、周囲も快く本を貸してくれたっていうエピソードは、なんだか切ないねえ。そんな中で本を読み続けたって、やっぱ、すごいな。でも、さすがに小説を書くっていうのは難しかったでしょ?
O それが、そうでもないんだ。郷は当時のことを、次のようにも書いているよ。
(「ブンガクへのはるかな道ー文学学校まで」)
B えぇ~~~勤労動員中に同人雑誌を作ってたなんて、すごいね。しかも、大長編小説を書いてたなんて。
ところで「人絹」ってなあに?
O 「人造絹糸」。絹に似せて人工的につくられた繊維で、郷も書いているように「びらびらした」感じを与える質感だったんだね。
B ふうん、自分たちの同人雑誌を、絹に似せたびらびらしたリボンで綴じたってことか。もしかして、同人誌の仲間って女学校の友達だったのかな。この話だけ聞くと、なんだか充実した生活をしてるようにも感じられるけど、実際、どうだったんだろう。
O 限られた環境の中で読んだり書いたりと好きなこともしていたけれど、戦時下にあって死が隣り合わせの生活であったことには変わりない。しかも、この勤労動員中に、郷は結核を発病して、それまでに増して「死」ということに向き合わざるを得なくなるんだ。
B ああ、結核! そのころは、まだ治らない病気と思われてたんでしょ? 戦争と、結核と、両方から死の影がひたひたと迫っていたんだね。
O そして、この時の体験が、のちに小説に描かれていくようになる。郷の、結核との長い闘いの始まりだ。それについては次回、ゆっくり話すことにしよう。
(引用)
郷 静子「ブンガクへのはるかな道ー文学学校まで」『新日本文学』第32巻第10号
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