清瀬と結核

ページ番号1010361  更新日 2023年1月5日

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清瀬と結核に関する情報をまとめてご覧いただけるページをつくりました。

結核と清瀬 バナー

市南西部の病院が集まっている一帯を、地元では「病院街(びょういんがい)」と呼んでいます。昭和の半ばには、この一帯に十数の結核療養所があり、「清瀬」の名は結核療養の地として広く知られました。

結核は、結核菌による感染症で、古くからある病気ですが、日本では主に明治期以降、都市化と工業化の進行に伴ってまん延しました。「国民病」とも「亡国病」とも呼ばれた結核と清瀬とのかかわりは、昭和6年(1931)に結核専門病院である東京府立清瀬病院が開かれたことに始まります。

清瀬病院に続いて周囲に次々に建てられた結核療養所群が形成した清瀬の病院街には、患者や医療関係者が、そして回復者が、結核と真摯に向き合ってきた歴史が刻まれています。

清瀬の病院街では現在も、結核療養所に端を発する7つの病院が、開設の地で時代のニーズに応えた医療を続けています。

清瀬と結核 その歴史と今

清瀬が結核と向き合ってきた歴史の概要をご紹介します。

病院街の変遷

病院街の姿は、結核の治療方法や療養のありかたとともに変化してきました。その概略を、市史編さん室のブログ「市史で候」五の巻で5回にわたり紹介しています。

ここに清瀬病院ありき

清瀬病院記念碑

清瀬の病院街で最初にできた清瀬病院の成り立ちから病棟閉鎖までをご紹介しています。


きよせ結核療養文学案内

ブンガくんのイラスト

清瀬で療養の日々を過ごした患者の中には、俳句の石田波郷はじめ、福永武彦、吉行淳之介ら数々の作家もいました。彼らの作品から、当時の様子を読み解いていきます。


市報きよせ 連載コラム「清瀬と結核」

コラム画像

清瀬と結核のかかわりについて、「市報きよせ」の紙面でも改めてお知らせしていこうと、令和4年(2022)4月、コラム「清瀬と結核」を開設しました。各月1日号に掲載されます。

 

  • 第1話 清瀬市史 結核療養編 刊行決定!(令和4年4月1日号)
  • 第2話 清瀬病院 開院前夜(令和4年5月1日号)
  • 第3話 清瀬病院の開院と拡張、そして病院街の形成へ(令和4年6月1日号)
  • 第4話 ベトレヘムの園(令和4年9月1日号)
  • 第5話 東星学園(令和4年10月1日号)
  • 第6話 府立静和園(令和4年11月1日号)
  • 第7話 信愛病院(令和5年1月1日号)

病院街情報を掲載した清瀬市の刊行物

刊行物の写真

関連する情報を掲載した刊行物と掲載記事をご案内します。

いずれも市内図書館でご覧いただけます。

また、市役所1階総合案内、郷土博物館、中央図書館にて販売しています。
郵送による販売も承ります。詳細は下記のページをご覧ください。


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