市史編さん草子「市史で候」 三十一の巻 「鳥瞰清瀬 第3回 小金井街道」

ページ番号1001963  更新日 2020年9月28日

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市史編さん草子(ぞうし)「市史で候(そうろう)」 市史爺(ししじい) 清瀬市は、昭和45(1970)年10月1日誕生。市制施行50周年を視野に入れ、現在、清瀬の歴史をまとめる事業を展開中です。当ブログでは事業の経過報告のほか、清瀬の歴史や文化、自然を楽しくご紹介しています。

三十一の巻:「鳥瞰清瀬 第3回 小金井街道」【平成28年11月29日更新】

「市史で候」では、以前、二十二の巻で「きよせ回顧写真館」として2枚の写真をとりあげました。
そこに写っているのは、昭和36(1961)年と昭和39(1964)年の小金井街道の様子。
いずれも清瀬郵便局傍にある第一給水所の塔から撮影したものでした。

塔の上で撮った写真は、横から、或いは斜め上からの街を見たもの。
そこで今回は、同じ年・同じ地域を、視点を変えて覗いてみようと思います!

それがこちらの2枚の写真。

写真:昭和36年の小金井街道沿いの空中写真、昭和39年の小金井街道沿いの空中写真

左が昭和36年、右が昭和39年の空中写真です。
これだけでは、どこを撮影したものなのか分かりにくいので、ちょっと説明を加えてみましょう。

写真:昭和36年の小金井街道沿の空中写真と、昭和39年の小金井街道沿の空中写真に、第一給水所、清瀬郵便局を示した写真

第一給水所が「きよせ回顧写真館」で紹介した写真の撮影地点。
矢印はカメラの向きを示しています。

こうして並べてみると、昭和36年、昭和39年のわずか3年の間にも、実は住宅が増えていたことが分かります。

しかし、この空中写真を範囲を拡大してみると、もっと大きな変化が市内にはありました。

写真:昭和36年の空中写真と昭和39年の空中写真をそれぞれより広域に写した写真

緑の範囲が、先ほどの空中写真の範囲です。
さて、清瀬に起こった変化、お分かりいただけたでしょうか。

その変化は写真上部、柳瀬川沿いにありました。

昭和36年には農地が広がっていたその場所に、昭和39年になると、白い長方形の群れが登場します。
右側に現れたのが中里都営団地、左側に現れたのが野塩都営団地です。

「きよせ回顧写真館」で紹介した、長閑な小金井街道。
しかしその写真の外側では、団地の建設が進み、街は発展のさなかにあったのです。

けれど、空中写真だけでは建物の増減は分かっても、荷車を押す人や、立ち並ぶ木製の電柱など、人々や街の生の姿を見ることまではできません。

写真や史料は数があればあるだけ、時代時代の様子を読み解くことができます。
皆様のお手元の写真や史料のご提供を、どうかよろしくお願いいたします。

 

使用した空中写真について

使用した写真は全て国土地理院のホームページで公開されているものを、サイズ・明るさ調整などの加工を行なったものです。
整理番号は昭和36年が「MKT615-C22B-20」、昭和39年が「MKT648X-C9-13」


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