市史編さん草子「市史で候」 五の巻(2) 「病院街の歴史紹介シリーズ第2回 病院街の変遷編2」
五の巻之二「病院街の歴史紹介シリーズ第2回 病院街の変遷編2」【平成26年8月22日更新分】
病院街の歴史紹介シリーズ第2回では、前回ご紹介した「東京病院」以外の病院について見ていくことにしましょう。
ふたたび、町制施行10周年記念誌『きよせ’64』のマップ登場です。
昭和39(1964)年、前回東京オリンピックの年の病院街です。
「信愛病院」、「ベトレヘムの園」は、現在も同じ名前で親しまれている病院ですね。
いずれも始まりは療養農園でした。
マップの中央右寄りに大きな建物で画かれている「結核研究所」の敷地には、研究所の臨床部である「結核研究所付属療養所」(現・「複十字病院」)ができました。
研究所も健在です。最新の結核研究がなされる一方、研修事業も行われています。
50年以上続いている英語による国際研修コースでは、アジア、アフリカなど結核が深刻な状況にある国のドクター達をはじめ、世界中からの研修生を受け入れています。
こうしてKIYOSEの名前は結核対策の聖地として国際的にも知られているのです。
名前が変わった病院もありますね。
「結核研究所」のお隣、「清心療養園」は、現在の「救世軍清瀬病院」<救世軍の病院>です。
病院の名前に「~清瀬病院」が複数あるので、ここでは< >の名前で呼び分けることにしましょう。
救世軍とは、国際的なキリスト教(プロテスタント)の団体です。
「清心療養園」開設にあたっては、宮内省より四谷見附にあった学習院初等科旧校舎の寄贈を受けました。
資材は管理棟や病棟の建設に使われたそうです。
上のマップで「上宮教会」とあるのは、現在の「清瀬リハビリテーション病院」です。
当初は「上宮教会清瀬療園」といいました。
上宮教会は仏教の団体ですが、こちらは建設にあたり帝室林野局から建物を下付されたそうです。
結核療養所開設が急務であったこと、また、資材が乏しいなか、いろいろなサポートがあったことがうかがえます。
「清瀬保養園」は、現在の「竹丘病院」です。
はじまりは、日本鋼管、沖電気、日本鋳造3社の結核療養所でした。
おや? 「織本病院」って旭が丘にある病院でしょう?
場所が違いませんかって?
はい。現在、旭が丘にある織本病院のことですが、開院当初は竹丘にあったのですね。
それは、清瀬が「村」から「町」になるころのことで、重症結核の外科治療をする病院でした。
現在の地図にはない名前がいくつか見えますね。
「都立小児病院」は、平成22(2010)年、都立小児総合医療センターに統合されて、清瀬の小児病院跡地には長く子どもたちの療養生活を見守ったアカマツの林が残るのみとなりました。
はじまりは、昭和23(1948年)年に誕生した日本初の小児結核専門療養施設でした。
「都共済組合清瀬療養所」は、のちの「東京都共済組合清瀬病院」<都職の病院>ですが、平成14(2002)年閉院となり、跡地には住宅が建ちました。
「生光会」と「清瀬園」「薫風院」も、もうなくなってしまいました。
マップの病院について言えば、精神科の山崎病院をのぞいて、あとはみんな結核関連の施設として始まりました。
結核療養にルーツを持つ施設が、ひとつの地域にこれだけ集中しているのは、清瀬の大きな特徴です。
深刻な国民病だった結核の療養に、清瀬の地は大きな貢献をしてきました。
治療薬ができ、患者数も減り、結核治療の様相も変わりました。
病院街の様子も、この変化を映しています。
患者数が減って結核病床も減り、やがて広く各科の診療を行うようになった病院もあれば、結核療養所としての使命を終えて閉所した施設もあります。
リハビリに重点を移したところもあれば、ホスピスを併設した病院もあります。
薬もできたし、感染の話もきかないし、結核は、もはや「過去の病気」でしょう?
いいえ。そんなことはありません。
薬に耐性を持つ、つまり従来の薬が効かない結核菌に苦しんでいる人が今、いるのです。
結核との闘いは、姿を変えて今日も続いています。
清瀬の緑と土は、80年の長きにわたり、結核と向き合う人たちの姿を見守り続けているのです。
*各病院の周年誌等を参考にしました。
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