市史編さん草子「市史で候」 二の巻 「清瀬の歴史」

ページ番号1001999  更新日 2020年9月24日

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市史編さん草子(ぞうし)「市史で候(そうろう)」 市史爺(ししじい) 清瀬市は、昭和45(1970)年10月1日誕生。市制施行50周年を視野に入れ、現在、清瀬の歴史をまとめる事業を展開中です。当ブログでは事業の経過報告のほか、清瀬の歴史や文化、自然を楽しくご紹介しています。

二の巻「清瀬の歴史」【平成26年6月20日更新分】

市史編さん草子「市史で候」、第二回!
清瀬」という地名が誕生したのは、それまで別々だったいくつかの村がまとめられた明治22(1889)年のことでした。
清戸の「」と柳瀬川の「」からとったといわれています。
今回はそんな「清瀬」という地名が誕生してからの歴史をざっくりと振り返ってみたいと思います。

清瀬・日本・世界の出来事年表

年号

清瀬の出来事

日本の・世界の出来事

明治22年

1889年

神奈川県北多摩郡に清瀬村誕生

明治憲法公布

エッフェル塔落成
歌舞伎座開業

明治26年

1893年

神奈川県から東京府に移る

アメリカの最高裁が

 トマトを野菜と裁定
世界初の機械式観覧車が

 シカゴ万博で公開

明治31年

1898年

清瀬村立昇進尋常小学校(現清瀬小学校)開校

上野公園で西郷隆盛像除幕式
キュリー夫妻がラジウム発見

大正6年

1917年

武蔵野鉄道(現西武鉄道)秋津駅開設 ジョン・F・ケネディ誕生
インディラ・ガンディー誕生

大正10年

1921年

清瀬郵便局開局(無集配局)

アインシュタインが

 ノーベル物理学賞を受賞
ココ・シャネルが「No.5」を発売

大正13年

1924年

武蔵野鉄道清瀬駅開設

昭和天皇(当時は皇太子)ご成婚
トーマス・マン『魔の山』

 (結核療養が主題)出版

写真:武蔵野鉄道清瀬駅2代目駅舎
清瀬市郷土博物館所蔵の2代目清瀬駅の写真(1955年頃)
初代清瀬駅の写真をお持ちの方はご一報を!

昭和6年

1931年

東京府立清瀬病院開院
(現東京病院 所在地は現中央公園)

高倉健・山田洋次誕生
ミハイル・ゴルバチョフ誕生

昭和22年

1947年

村立清瀬中学校開校 学校教育法施行(六三三学制発足)
エリザベス女王結婚式

昭和25年

1950年

気象通信所設立 第一回さっぽろ雪まつり開会
警視庁がパトロールカーを導入

昭和29年

1954年

清瀬町になる

『ゴジラ』・『七人の侍』公開
清瀬で結核療養をした

 吉行淳之介が芥川賞受賞

昭和36年

1961年

清瀬公民館開館

町章(現在の市章)が決まる

『NHK連続テレビ小説』放送開始

『みんなのうた』放送開始

坂本九「上を向いて歩こう」が流行

昭和41年

1966年

初めての信号機が松山に設置される 日本でメートル法完全施行
『笑点』が放送開始 ビートルズ来日

昭和45年

1970年

清瀬市になる

大阪万博開催

「トミカ」が発売開始
皆川おさむ「黒ネコのタンゴ」が流行

写真:「市報きよせ」市制施行臨時号
「市報きよせ」臨時号(昭和45年10月1日)より

昭和47年

1972年

都立清瀬高校開設

札幌オリンピック開催

日中国交正常化
小柳ルミ子「瀬戸の花嫁」が流行

昭和48年

1973年

市役所新庁舎完成
『清瀬市史』刊行
為替レートが変動相場制へ移行
『ひらけ!ポンキッキ』放送開始

昭和49年

1974年

中央図書館開館

「モナ・リザ」来日
宝塚で「ベルサイユのばら」が初演

昭和55年

1980年

市制十周年
第一回市民まつり開催
山口百恵引退コンサート
竹の子族の最盛期

昭和60年

1985年

清瀬市郷土博物館開館 2代目両国国技館完成
『タッチ』放送開始
写真:清瀬市郷土博物館
開館した頃の清瀬市郷土博物館
『市報きよせ』483号(昭和60年11月1日)より

平成2年

1990年

キヨセ・ケヤキ・ロードギャラリーがオープン

『ちびまる子ちゃん』放送開始
『渡る世間は鬼ばかり』放送開始

平成7年

1995年

清瀬駅北口再開発事業完成 『耳をすませば』公開
「今年の漢字」が始まる

平成10年

1998年

清瀬市のホームページ開設

長野オリンピック開催

甲子園で松坂大輔が活躍
『ザ!鉄腕!DASH!!』放送開始

平成19年

2007年

「きよバス」が運行開始

秋川雅史「千の風になって」

 シングル年間売上1位
「初音ミク」発売

平成26年

2014年

市史編さん室設置

ソチオリンピック開催

W杯ブラジル大会開催

 

清瀬が最初は神奈川県だったということ、皆さんはご存じでしたでしょうか?
この年表よりも前の「清瀬」という地名が誕生する前は、品川県や武蔵県だったこともあるんです。
清瀬の所属だけでなく、清瀬内部の地名も昔と変わっています。
たとえば松竹梅の「松山」・「竹丘」・「梅園」は、元は併せて「芝山」でした。
そんな清瀬の地名については、改めてブログで紹介したいと思います。

東京の管轄になった清瀬には、東京府立清瀬病院(現東京病院)を始めとして、多くの結核療養施設が設置されていきます。
この東京病院と山田洋次監督が同い年、というのもなんだか不思議な感じがしますね。

その後も清瀬は少しずつ整備されていきますが、ビートルズが来日する頃まで信号は一つもありませんでした。
それだけ、のどかな地域だったということなのでしょう。

写真:市報縮刷
市制十周年を記念し刊行された
町報・市報の縮刷版

 

清瀬が町から市に、今と同じ東京都清瀬市になったのは昭和45(1970)年のことです。
それを記念して昭和48(1973)年に『清瀬市史』が編さんされ、市制十周年の際には第一回市民まつりが開催されました。
清瀬の歴史を伝える郷土博物館ができたのは昭和60(1985)年、2代目の両国国技館と同じ年でした。

 

そして平成26(2014)年、市史編さん室が開設されました。
今年は、いったいどんな年になるのでしょうか。
将来、どんな年だったと言われることになるのでしょうか。
「今」が「歴史」になることをちょっと意識してみるのも、面白いかもしれません。

 

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